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1 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 17:54:14.07 ID:F3jISvOM0


「ジンだ。ジンをくれ」
 薄暗い店内に入るなりスツールに座ったその男はレインコートの襟を立て、
フェルト帽を目深に被ったままバーテンダにややぶっきらぼうにオーダーした。
「二杯目にはビタースを垂らしてくれ」
「かしこまりました」
 この日の深夜、そのバーの客は肌が浅黒く酒を流し込む唇の蒼みがかりが少し目立つこの男ひとりきりだった。
「お客さん、この街へはお仕事で?」
二杯目のジンにアンゴスチュラビタースを数滴落としてステアしたものを男のコースターに置きながらバーテンは尋ねる。
「そんなところだ」
 ラジオからは古いロカビリーが流れていた。




3 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 17:57:05.22 ID:F3jISvOM0


 男はあおる様に胃に流し込んだ一杯目とは趣きを変えて、
グラスの中の氷の周りで揺らめくビタースでやや朱く染まった
杜松酒のアルコールのゆらめきを眺めていたが、少しずつ口をつけ始めた。
 ラジオの曲が終わり、ディスクジョッキーが今週の出来事に関する短評を述べるコーナになる。
一昨日、街に程近い森で遭難した子供を救助した男の話題。
「彼は今週も大活躍でしたね」
 バーテンはグラスを拭いながら話を切り出したが、男はすぐに応えずにグラスに
半分残ったジンビタースを一息に飲み干してから一人ごちた。
「正義面したアンパンの中には、どす黒いアンが詰まっているものさ……」
バーテンはふと思い当たる事があり、楽しそうにラジオに耳を傾けるその男の目を覗き込む。
そこには冷たく深い闇が光っていた。
「あんた、まさか、バ……」
「ごちそうさま」
男はゆっくりと立ち上がるとコートの襟を直し、グラスの脇に酒代には多すぎる額の紙幣を無造作に置く。
「バイバイキン!」
 男はバーテンにウインクするとドアを開け、表に続く階段をゆっくりと上がっていった。




6 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 17:59:24.26 ID:6rA7P+7sO


渋いねぇ。惚れるわ



7 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:00:09.79 ID:F3jISvOM0


 雨はまだ止んでいなかったので、男は腕時計型の無線機を操作してUFOを呼んだ。
彼の所有物である事は公然の事実なので、未確認飛行物体という表現は不正確だが、
長年そう呼称されてきているうちにいつしか彼もそのマシンを「UFO」と呼んでいた。
 静粛な機関音で上空に待機していた彼の垂直離着陸機は音も無く濡れたアスファルトに降りる。
そしてキャノピーを開けて機体に乗り込み、男がシートに身を沈めた瞬間だった。
 反対車線の五十メートルほど離れた場所に停まっていた車両がハイビームでその機体を照らし出し、
同時に咳き込むような音を轟かせてエンジンをスタートさせた。
の中ではステージの上のプリマドンナよろしく煌々と夜の街路に浮かび上がる。
「そこまでよバイキンマン!」
 逆光の向こう側から拡声器を通してやや割れた女の声が届く。
ヴァイキンは手元のスイッチでキャノピー風防の全周囲スクリーンの防眩フィルタを有効にして、
望遠モードで声の主を特定しようとした。
 柔らかく雨の降る街路でアイドリングしている軍用装甲車。
アンテナ類の多さからして前線指揮官車輌。そしてその上部にはハッチを開き上半身をせり出してマイクを握っている
白い軍服の細身の女がこちらを見据えていた。
「おちおち酒も楽しませてもらえないのか、バタコ少佐」
ヴァイキンは口元だけでにやりと笑うとパネルに目を走らせた。
レーダスクリーンには上空で哨戒する一体のパン型戦士の機影を捉えている。
その鋭いマニューバは高機動モデルの食パンマンのものに違いなかった。
「コイツはちょっとキツいな。OK、降参したほうがよさそうだ」
ヴァイキンは無線のチャンネルを国際共通緊急周波数に同期させると、マイクを取る。




8 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:01:58.76 ID:F3jISvOM0


「ヴァイキン国所属ファージワンよりジャム国当局へ、当機は降伏を宣言する。
 国際法と人道に則った処遇を要求する。最寄の着陸マーカを指示されたし。繰り返す――」
 しかし唐突にヴァイキンの無線は強力な妨害電波ECMによって中断を余儀なくされた。
チューナのツマミを捻って調整しようとすると、低い男の声を傍受した。
「少佐、奴との通信を切れ。同時にフルパワーで九十秒間ジャミング。後に全火力を叩き込め。
 光学捕捉を落とすな。システムタイムを戻してログは上書きしろ」
「しかしこの市街地で」
「少佐、復唱はどうした?」
「了解しました。着陸中の敵航空機を殲滅します」
女士官は身体をハッチの中に滑りこませて電子戦の準備に取り掛かったようだった。
「正気か」
 ヴァイキンは反射的にスロットルに手を伸ばし、平時には細かすぎるほど綿密に行なうチェック作業を全て飛ばして
シートベルトだけを装着するとヴァイキンは機体を激しく上昇させた。




9 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:05:14.80 ID:F3jISvOM0


「酒が回る」
 急だったので着用する間の無かったGスーツが、彼の尻と座席シートの間で
せわしく空気の出し入れを開始していて、どうにもむずがゆかった。
血液が一気に全身から脳内に移動するのを体感しながら急制御で水平飛行に移る。
「国境まで八キロか。どうかな……」
暖機してあったとはいえ、この天気でこのような飛び方ではマシンに負荷がかかりすぎている。
計器飛行よりも地文飛行の方が好きなヴァイキンではあったが、
この状況で高度も上げられず、ビルや尖塔の間を縫うように切り返す度に
パネルのアダムスキーフラップの警告灯が瞬くようなこんなフライトを心の底から楽しむことができるほど、
もう彼は若くはなかった。




11 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:08:49.68 ID:F3jISvOM0


 市街地を抜けて森の上空に出た途端に、けたたましいビープ音と共に合成音声が飛来物を警告する。
機体のすぐ後ろを送り狼のように追跡する食パンマンとデータリンクした、
今はもうはるか後方のバタコの車輌から地対空ミサイルが放たれたことを告げていた。
「さすがに食パンは速いな」
 遮蔽物のない森の上では食パンを攪乱することができない。
このままでは一秒間に八回、白い追跡者から目標位置補正信号を受けているミサイル群が
正確にヴァイキンのUFOに喰らいつくのは時間の問題である。彼は兵装パネルに手を伸ばした。
「ん、そうか」
しかしすぐにその手を操縦桿に戻す。
 この日のフライトの目的は簡単な補給であり、さらには雨の為に戦闘を想定しておらず、
燃費も抑える目的で水圧砲もデコイも、ユニット化されたディスペンサシステムごと降ろして
格納庫に転がしておいたことを思い出した。
「貧すれば鈍するってか。おれも焼きが回ったのかな」
 ミサイル接近を示す警告音の間隔が段々と狭まってきている。
食パンマンは頭部に雨天用のラッピングを施し、つかず離れずの距離でいやらしく追跡を続けている。
「仕方ないな」
決断するとヴァイキンは進路を変えた。




13 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:12:38.67 ID:F3jISvOM0


 森が開けて月明かりを静かに湛える大きな湖が見えてきた。キョウリキ湖。
ジャム連邦共和国とヴァイキン国(そもそもジャム側はこの国の成り立ちを認めてはいないが)
の国境というよりも暫定的停戦ラインというべき川の終点であり、ジャム国首都の水源でもある。
「さてと、今日明日と徹夜で吸排気系を見てやるから少しだけ辛抱してくれよ」
 言うやいなやヴァイキンは足を踏ん張った。
コントロールスティックを前一杯に倒し込まれた彼の機体は
自由落下に近いスピードで着水、衝突してそのまま潜行した。
 数秒と間を置かずに、白い地対空ミサイルは水面に突き刺さり、
一瞬の間を置いて信管を作動させて六本の白い水柱を断末魔の咆哮と共に
高々と上げるとその太く短い生涯を文字通り燃え尽きさせた。
 水面の動きが落ち着いたところで湖岸に着陸していた食パンマンは、
ゆっくりと爆心地のあたりをホバリングして戦果評定を行なったが、
水中衝撃波にやられて死んだか気絶して浮いている魚の群れの間にオイルの一滴も発見できず、
爆発でシェイクされた水中の濁りもひどかったのでそれ以上探索を続けることもできず、
なにやら無線を受けると街の方に帰っていった。
数分後、森と反対側の岩山に近い岸のそばで本体と同じパターンの紫色の夜間迷彩が施された潜望鏡が
水面を割ってゆっくりと2周、回った。続いてレーダとアンテナでも周囲を探ってから
やっとヴァイキンは機体を浮上させると、そのままのろのろと本拠の方角へ飛行を開始した。
「パン屋の野郎、このところ手段を選ばなくなってきたな……」





16 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:16:15.41 ID:F3jISvOM0


 ヴァイキン城。荒涼たる山岳地帯に辺りを睥睨するかの如く聳えるこの古城は
ヴァイキン国の首府であり、ジャム連邦共和国に睨みを効かせる前線基地でもある。
前近代的ながら頑強なフォルムを持つその山城は、ヴァイキンが入城するはるか以前より
この領地と領民を外敵から守ってきた。相当の古代に人の住めない岩山になるまではの話ではあるが。
しかし十数年前にヴァイキンがこの地に入り、少しずつ手を入れて現在では、
その佇まいは久しく無人状態の続いた頃と然して変わらないものの、
最新鋭のテクノロジを内包する鉄壁の要塞と化しており、その改修は今でも続いている。
「バイキンマン、お腹減った」
「もうすぐ食事の支度ができるから」
ハンガー格納庫でUFOの修理にあたるヴァイキンを敵対陣営側の使うマスコットネームで呼ぶこの少女の名はドキン。
数年前の戦闘の際、ジャム側で当時はテスト兵器として投入されていた
機動地上要塞アンパンマン号の主砲の一撃で街区ごと瓦礫となった家の中で泣いているのを
ヴァイキンが偶然見つけて救い出した戦災孤児である。しかし彼女はその出生を知らない。
「早くしてね」
 ドキンにしては控えめに自らの意思を伝えると重い防火扉を開けてダイニングの方に歩いていった。




17 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:20:02.15 ID:F3jISvOM0


 食後にまたすぐラチェットを握るのは分かっていたが、

ドキンが嫌がるのでシャワーを浴びて念入りに身体に染み付いた

オイルの匂いを落とすとヴァイキンは食堂に向かった。

既に執事のカービイが頃合いを見計らって給仕についている。

「カービイ、またおいもの料理なの」

「申し訳ありませんドキン様」

 そもそもヴァイキン国の食料事情は厳しい。

その国土の九割五分以上が不毛な山岳地帯。

鉱物資源には事欠かないが、農林水産物の自給率は限りなくゼロに近い。

とは言え、この国の国民はヴァイキンとドキンの二人の他には、

僅かな水分があれば充分生きていくことのできるカービイをはじめとするカビルンルン達だからこそ、

現在でもなんとかやっていけているのだった。




19 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:23:57.89 ID:F3jISvOM0


「はぁあ、また食パンマン様に焼きたてのおいしいパンでももらおうかしら」

テーブルに肘をついてソテーされたジャガイモをフォークでもてあそんでいたドキンは

意味ありげにヴァイキンに目を流しながら溜め息をついた。

 カチャリ。

 それを聞くとヴァイキンはナイフとフォークを皿の縁に置く。

「ドキン、食パンマンの渡すパンを食べたのか?」

ヴァイキンは静かに、しかし真っ直ぐドキンの眼を見て訊いた。

しかしドキンはすぐに眼を反らし、フォークの先で少し冷えたイモを口に放り込む。

「大切なことなんだ。奴のパンを食べたのか?」

 このところヴァイキンは悩んでいた。




20 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:27:18.96 ID:F3jISvOM0


 自らが引き起こしたとも言える戦火で実の両親を彼女から奪ってしまった負い目が、
育ての親として何年も愛情を注いできたつもりできた現在でも消えず、
ジャム連邦共和国側の同じような年頃の女の子たちが熱を上げている高機動美男子食パンマンに
夢中になっているドキンに強く物を言えずにいた。

 掃除係のカビルンルンの報告で、ドキンの部屋に食パンマンのポスターが貼ってあることも知っていた。
つまりは何年前かの誕生日、正確には彼女を発見した日だが―――に作ってやった
専用のUFOで単独越境してジャムの街で遊んでいるのも黙認していた。

しかしあのパンだけは食べさせるわけにはいかない。

「なによ。食べてないわよ。ちょっと言ってみただけじゃない」
「わかった。ちょっと来なさい」

 そう言うとヴァイキンはナプキンを椅子の上に放り、
テーブルを回り込んでドキンの後ろに立つと左手で椅子を引き、ついて来るように促した。
 今までに無かった状況に戸惑ったドキンはナプキンで口を拭うと水を一口飲み、

「まだご飯途中なのに」

とだけ言ってヴァイキンに続いて部屋を出てエレベータに乗る。




21 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:30:40.26 ID:F3jISvOM0


 若干の気まずい沈黙の中、ヴァイキンは研究開発セクタである地階のボタンを押した。

「君には、今まで君には苦労をかけてきた」

少し大きなエレベータのメインモータの作動音の中でヴァイキンはドアを見つめたまま口を開いた。

「だから少々の事には目をつぶってきたが、パン屋どもにだけは心を許してはならない」

昇降機の駆動音に負けないように少し声を張って言ったせいか、その言葉にドキンはやや反感を覚える。

「なによ、ふた言目には『パン屋ども』って。いい加減に仲直りすればいいじゃない」
「そうもいかないんだ」

 古風なベルの音が到着を告げてドアが開く。その小部屋に二人が入ると壁から空気が噴き出して
目に見えない埃を落とした。ヴァイキンは壁に掛けられた白衣を纏い、密閉式のドアを奥に進む。
 白とグレーを基調とした無機質なラボの中で数名のカビルンルン達が黙々と作業を行なっていた。

「例のコッペパンを持ってきてくれ」

ヴァイキンは手近な研究員に言った。程なく、二人の立つ実験テーブルの前に
フリーザから出されたばかりの凍てついたパンが厚手の手袋をはめたカビルンルンの手で運ばれてくる。




23 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:34:01.23 ID:F3jISvOM0


「それ、ジャムおじさんが向こうの動物達に配っているパンじゃない」
「そうだ。それを徴用してきたものさ。向こうのニュースじゃ『バイキンマンの掠奪だ』なんて言っているけどね」
「……どうせUFOで脅かしたんでしょ、リャクダツじゃない」

 ヴァイキンは黙ってその凍ったパンを大きなビーカの底に置いてから水を注いだ。
コッペパンは急激な温度差で表面にヒビを入れ、
さらにガラス棒でしばらく混ぜられたりつつかれているうちに次第に形を無くしていく。

「普通のパンじゃない」
「底の方を見てみるんだ」

と、ヴァイキンに指し示された容器の底部をドキンが注視すると、
底には明らかにパン屑とは異なる白い粉状の沈殿物があった。

「なに……これ?」
「慢性的な依存性の強い、ある薬品さ」





26 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:37:22.61 ID:F3jISvOM0


 そもそもジャム連邦共和国はつい最近まで貨幣経済制度が成り立っておらず、
各人で生産したものを皆で分け合って支え合う、半ば原始共産的な物々交換社会だった。

 その中、ジャム当局は「国家に栄光を、国民にパンを」のスローガンのもと、
主食であるパンの配給による支配体制を築いてきたのだが、ヴァイキンの地道な、
山賊的ともいえる通商破壊工作により、近年はそのシステムの見直しを余儀なくされ、
部分的な貨幣制度を導入していた。

 しかし一部地域での、殊に若年層に対するパンの無料配布は現在でも続いている。

「麻薬入りのパンだなんて……」
「そうだ。ちなみにこのコッペパンは小学校の給食だった物を頂戴してきたものだが、
 やつらの所業はこれだけにはとどまらない。このパンを工場で作っているひとたちのパンも当然こいつだし、
 近頃は水にまで混ぜているようだ。しばらくは向こうに行くのを控えた方がいい」
「分かったわ。って、私があっちに遊びに行ってるの、知ってたのね?ごめんなさい」
「まぁ何となく、ね。さて、ご飯を片付けちゃうか。カービイが待っているぞ、戻ろう」

 ヴァイキンは少女の肩を優しく叩いた。




27 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:40:44.79 ID:F3jISvOM0


 一方その頃、ジャム連邦共和国政府統合司令本部兼中央兵站基地、通称「パン工場」。

「バタコ少佐、状況を説明してくれたまえ」

戦略会議室の奥の大型ビジョンに映された初老の男が白い頭髪を
神経質に撫で付けながら静かに、しかし有無を言わせぬ口調で促した。
壁全体にひろがるスクリーンの中で一同を見下ろすかのように座っている男こそ、
ジャム連邦共和国大統領兼三軍統合元帥兼最高裁判官、ジャムである。
もっともその肩書きは滅多に使用せず、部下たちは専ら「総統」と呼んでいた。
しかし市井の民衆の前では「ジャムおじさん」で通っているし、本人もその呼び名を好んでいる。

「はっ!昨日のヴァイキン側のわが領土内への侵犯目的は、
 当該地区での兵站補給、及び食糧の調達かと思われます」
「『思われます』ね。まあ、それはいい。ところで現在、我が国はヴァイキン陣営に対して経済制裁を実施している」
「存じております」

会議室で一人、起立しているバタコの手に汗がにじむ。

「彼らに対しては食糧もまた重要なカードの一枚だということもかね?」
「は」
「では国防の礎を揺るがす売国奴の処分はどうなっている?少佐」




31 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:43:47.04 ID:F3jISvOM0


 バタコは胃から十二指腸にかけての辺りに鈍いような鋭いような、
もう馴染みの違和感を覚えたが直立不動のまま指先を軍服のズボンの側面の縫い目から
一ミリメートルも動かさずに聞き返した。

「ヴァイキンに食糧を売った者のことでしょうか」
「ワ、ワタら…私の質問にィ!し、質問でぇ返すんじゃぁあなァいィッ!」

突如としてジャム総統は激昂した。その声を伝えるスピーカが
ハウリングを起こして少し蒸し暑かった会議室が凍りつく。

「申し訳ありません!」

「当日当刻、空中での哨戒中に不審な動きのあった容疑者たちを十七名捕らえて尋問いたしましたが……」

空気を見計らって食パンマンが立ち上がり進言する。
ジャムはモニタの中で椅子に掛けなおし、息を整えながら目だけを向ける。

「十七名全員が自白しましたので即刻、ショクパンチにより射殺しました」
「バカな!」

 先程よりは小規模な爆発を今度はバタコ少佐が起こした。




33 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:47:50.77 ID:F3jISvOM0


「十七名!ヴァイキンはそんな大規模なコンタクトは行なわない!」
「私もそうは思ったのですが、彼らは空中から地面に降り立った私と
 目が合うなり、『ひぃ、ごめんなさい』などと謝罪の言葉を発したので
 外患誘致罪自供と認定し、規定通りに裁判を省略して処刑を行なったのですが、
 なにか問題でも?バタコ少佐」

食パンマンは紳士的ながら慇懃な笑みを浮かべて上官に問う。

「…………」
「食パンマン」

 押し黙るバタコのかわりにジャムが口を開いた。

「君の愛国心は買うが、今は有益な情報が欲しいのも事実だ。
 スーツとグローブを装備したパン戦士の君の一撃を受けた者は話す事もままならぬではないか」

 ジャムのジョークにバタコ以外の全員が肩を揺らして笑った。
装甲の無い民間人がパン戦士の鉄拳を受ければ、一瞬で蒸発して跡形も残らない。

「では諸君、義務を果たしたまえ」

 それから定例の議題をいくつか消化したあと、ジャムのお決まりの一言で戦略会議は閉幕した。

「少佐、後で私の部屋に来るように」

書類をまとめるバタコにジャムが画面から声をかける。



34 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:48:31.24 ID:F3jISvOM0


「了解いたしました」

(どうやら「会議」の続きが)
(らしいな)

あからさまな意を含ませた笑みを交わす隣の席の食パンマンとカレーパンマンを彼女は見逃さなかった。





35 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:51:02.12 ID:F3jISvOM0


「おいでチーズ」

バタコは自室に戻ると主人の帰りを待ちわびていた愛犬を抱き寄せた。

「お腹すいた?ちょっと待っててね」

 ごてごてと重い装備をぶら下げた軍服の上着を脱いでソファに投げると、
作りつけの簡易キッチンに向かい冷蔵庫からミルクと老犬向けシリアルを出して
鼻歌まじりに小さな伴侶の晩餐を作り始める。

 眠たげにのろのろと食事を摂るチーズを、ソファに後ろ前に座り背もたれに
半ば突っ伏した姿勢でぼんやりと眺めていたバタコはノックの音で現実に引き戻された。

「どうぞ」

 と言いながらも、無意識に上着と一緒に転がっていたガンベルトを手元に手繰り寄せて
ホルスタの留め具を外し、拳銃の握把に触れる。

「アンパンです。入ります!」

扉が九十度ちょうどに勢い良く開き、
少し首を傾げるような姿勢で頭をぶつけないようにしながら身長二メートルを越すパン戦士が入ってきた。




36 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:53:33.41 ID:F3jISvOM0


 アンパンマンはパン戦士たちの中でも基本設計の最も古いプロトタイプであった為か、
新式のカレーパンマンや食パンマンに較べてかなり大型である。
攻撃力に特化されたカレーよりもひと回り大きい割にはパンチ出力はその七割程で、
最大戦速と旋回能力は空中機動戦向きの食パンの六割程度だが、
実戦の勝敗を決するのはカタログスペックではない。

 彼は長い間、ほぼ週に一度のペースで続いているヴァイキンとの会戦において、
ただの一度も辛酸を舐めたことがない。そして自らの力量を正確に把握しており、
自分が必要であると認めた任務は隙を見せず着実に実行する。
そして何より、彼は今日の己の輝かしい戦歴が幸運によるものである事も知っている。

 アンパンマンはプロの軍人だった。

「バタコ少佐、総統執務室に直ちに出頭して下さい」
「了解したわ」

 バタコは上着に袖を通し、ベルトを締めると愛犬をひと撫でして部屋を後にした。




37 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:55:34.41 ID:F3jISvOM0


大型のエレベータはパン工場地下最下層のジャムの執務室に向かって静かな唸り声と共に降下する。

「ねえ、アンパンマン」

背筋を伸ばして無表情でパネルの前に立つパン戦士にバタコは尋ねる。

「昔のこと、まだ覚えている?あなたがまだ人間だった頃のこと」

 コツコツと踵を返し上官の方に向き直ったアンパンマンは一瞬間を置いて答える。

「その質問の意味がよく分かりません、少佐。自分は志願してパン戦士に改造されました。
 戦闘に関する情報以外はコード化されていないのはご存知のはずです」
「……そうだったわね」

 バタコの溜め息とエレベータ到着を告げる、乾いた音のベルが同時に響く。

「エスコートはここまででいいわ」
「いえ」

 アンパンは、今度は向きなおらずにパネルに暗証番号を入力しながら応える。

「自分にも総統より出頭命令が出ているのです」



38 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:57:35.36 ID:F3jISvOM0


「入りたまえ」

 アンパンマンのノックに室内からドアを通して、ややくぐもった返答があった。

「待っていたぞバタコ少佐、そしてアンパンマン」

 古風な調度品の揃えられた執務室の正面突き当たりの壁にビルトインされた
モニタの中のデスクの奥でナットシャーマンの紫煙を燻らせていたジャムは立ち上がって二人を迎えたが、
それは単なるポーズである事をバタコもアンパンも知っていた。

 ジャムは現在の支配体制の整うのとほぼ同時期に誰の目の前にも、
直接的に姿を現すことをしなくなっていた。この国で唯一の純粋な人間であるバタコを除いては。
しかし、年中ずっと執務室に篭っている割には血色も鮮やかで、
その双眸もはっきりした光を宿しており、詰襟からのぞく首の筋肉は
その歳に釣り合わない、鍛え抜かれたものだった。

「実は現在検討している大規模な進攻作戦について、二人の意見を聞きたくてね」

と言いながらジャムが手元のスイッチを操作すると、
壁のレーザー投影装置が作動して天井の高い広い部屋の空間いっぱいに三次元ホログラフィックを映し出した。



39 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 18:59:36.60 ID:F3jISvOM0


 海、森林、川、湖、山岳……この惑星に唯一残された、大陸と呼ぶにはあまりに小さい島の縮図である。

バタコも職業柄、かなり細かいところまで記憶しているし、
アンパンに至ってはこの精密な三次元図と同じデータをデジタル情報として持っている。

 さらに一瞬遅れて、パン工場からヴァイキン城に伸びる複数の矢印と各種ユニットの戦力データ、
それにスケジュールなどの複合的情報がマップに描き込まれる。

「パン戦士の連隊…千名規模のパン戦士の投入……」

 その勢力図を一瞥したバタコは思わず呟く。
 それを見たジャム連邦共和国三軍統合元帥は、にやりと笑った。

「言っただろう少佐、大規模な進攻作戦だと」




40 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:01:36.81 ID:F3jISvOM0


「大規模な進攻、ね」

 受け取った番茶をひと口すすってから、あぐらをかいている尻の下の座布団を少し直して、
ヴァイキンはカービイに応えた。ところ変わってここはヴァイキンの居室である。

「はい、近々ジャム側が大きく攻勢に出るのはどうやら間違いありません」

 ヴァイキンは湯呑みを置くと、もう一度座り直して直属の部下でもあり、
旧来の友でもある男の眼を見て率直に尋ねてみた。

「この城は、岩山のてっぺんに建って攻め難く守り易いなんて能書きなんだが、どうだろう、厳しいだろうか」
「ジャムはパン戦士の量産に踏み切ったそうです」
「……本当か」

 ヴァイキンは急に咽喉の中の水分が、大気に大きく蒸発していくかのような錯覚を感じて、また茶に口をつける。

「パン工場地下に潜入しているカビルンルンからの情報です。すでに生産ラインは稼動準備を終えています」




41 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:03:38.30 ID:F3jISvOM0


 カビルンルンの不思議な生態はその統領たるヴァイキンも全ては把握していない。
この惑星に古くから存在している彼らは全体の総数が常に一定である。
すなわち、一体のカビルンルンが死ぬと、だれか違うカビルンルンが分裂してその定数割れを補うのだ。

 さらに彼らは何がしかの方法で常に互いにリンクしており、
各個の持ち寄った情報を種族全体のものとして共有している。
電波などを介さずに彼らの間では感覚的に行なわれるこのコミュニケーション能力は
スパイ活動には最適といえた。一体の力は弱いが、
その一にして全、全にして一であるネットワーク網は近代戦において強力な武器だった。

 ヴァイキンの軍はヴァイキンから側近であるカービイに下命があれば、
一瞬で軍全体の意思を統一して各個の任務を認識し、状況を開始できる機動力を持っている。

 しかし意思だけで戦に勝つことはできない。
一体投入されただけで情勢ががらりと傾くパン戦士が徒党を組んで襲来したら―――
ヴァイキンは大きく息を吐き出して天井を見上げた。

「カービイ」
「ドキン様のUFOのINS慣性誘導装置には既に例の場所を入力してあります」
「その時は頼んだぞ」




45 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:08:42.96 ID:F3jISvOM0


 暗闇の奥の方から、誰かが自分を呼んでいる声がする。
しかしそちらに行こうとすると、全身が鉛にでもなったかのように重く、
全く足は動かないし、声を出して応えることもできない。そのうちに彼を呼ぶ声は次第に遠ざかり―――

 掌に指先が食い込む自分の拳を強く握り締める感覚に、アンパンマンは定時よりかなり早めに覚醒した。
彼の意識レベルをモニタリングしている壁に立てかけられた棺桶のようなパン戦士冷蔵カプセルは、
圧縮空気の音を部屋に響かせながら自動的にそのハッチを開き、
連動している室内環境管理システムが蛍光灯のスイッチを入れる。

 カプセルから出て少し歩いてみるが、どうも妙な浮遊感を持て余し、
地に足がつかない。なんとなしに顔を触ってみる。

「私が、夢を見て汗をかいたというのか」

 顔がじっとりと濡れていた。力が入らない筈だった。
 彼は部屋の入口に近い電話機までなんとか左右の足を交互に前に押し出して近づくと
受話器を制御の利かない右腕で乱暴に取り、記憶しているバタコの内線ナンバを叩く。

「少佐、直ちに新しい顔を……」




47 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:11:14.05 ID:F3jISvOM0


「どうしたのアンパンマン!」

 うっすらと汗を滲ませて軽く肩を上下に揺らして息を弾ませながら、
その手にはやや持て余す軍用拳銃を両手で保持してバタコはパン戦士休眠室に駆け込んできた。

「……申し訳ありませんバタコ少佐。冷蔵カプセルの湿度設定を失念いたしました」

 受話器のぶら下がる電話機の下で壁に背をつき座り込む顔の濡れたアンパンマンを見て、バタコは吐息を漏らした。

「ヴァイキン側が基地内に侵入したかと思ったわ……」
「その場合には少佐に連絡する前に警報を発令します」
「それもそうね。さ、パン窯室に行きましょう。歩ける?」
「問題ありません」

 そういうとアンパンは立ち上がり、いつものように胸を張ってドアの方に歩き出すが、
全身に供給される頭部のエネルギー源の異常は、意志の力ではどうにもならず、
唐突にバランスを崩して壁に手をつき、そのままずるずるとしゃがみ込んだ。

「アンパンマン、私の肩に掴まりなさい」
「……了解。申し訳ありません」

 ピントの合わない視界の中で彼に手を差し伸べるバタコ。
 彼はふと、その光景に既視感を覚えたが今はメモリをデータ検索に割く余裕は無かった。




49 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:13:15.85 ID:F3jISvOM0


 窯の脇に取り付けられたタイマが鳴り、バタコが厚手のミトンを着けた手で
大きな窯の扉を開けると室内に焼きたてのパンの芳香が充満する。

 鉄製の長柄のヘラを差し入れてこんがりとキツネ色に焼きあがったアンパンを取り出すと、
彼女は表面が冷めないうちにスプレーガンでショ糖水をまんべんなく、吹きかける。
これで常温に冷えた時にパン表面に光沢を出すのみならず、撥水コーティングにもなる。

 そして作業台の上に用意しておいた無線式のチップを指先にぐいと力を込めて、首の付け根あたりに埋め込んだ。



51 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:15:16.71 ID:F3jISvOM0


「さぁできた!新しい顔よアンパンマン」
「了解しました。頭部エネルギーユニット交換に伴う一部運動機能の凍結、
 エネルギー回路の遮断確認。交換実施準備ヨシ」

 椅子に腰掛けたまま交換前の確認作業を終えると、
アンパンマンはそのまま意識を失い、体重が背もたれにかかって少し軋む音がした。

「交換実施」

 バタコがスリークォータ投法でまだ熱いアンパンを投げる。
 新たな顔が接続され、ボディ内のバックアップデータが
頭部に埋め込まれたチップとリンクして瞬時にフィードバックする。

「アンパンマン、アクティベート!」

 生命の息吹を吹き込まれたかのように、アンパンマンは立ち上がった。

「私はジャム連邦共和国所属、パン型戦士アンパンマン第七百八十二号です」

 いつもの張りのある声でパン戦士は起動した。




52 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:16:32.06 ID:Sd5I6pNf0


普通におもしろい。アンパンマンヲタと軍系ヲタの両方を兼ね合わせてないとキツイ
マニア向けの内容だがなw



53 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:17:18.73 ID:F3jISvOM0


「おはようございます、バタコ少佐」

 視界に上官を捉えて反射的に、というよりプログラム上の反射で椅子から素早く立ち上がり、
挨拶の文言を言い終わってから、挙手の敬礼をとる。

「おはよう、アンパンマン」

 と、アンパンは空中を見据えたまま動かなくなる。が、一呼吸置いて無機質に口を動かし始める。

「メインシステム……異常なし。サブシステム、異常なし。
 運動システム……異常なし。戦闘システム………異常無し」

 バタコはアンパンが平時顔面交換プロセスにおける自己診断モードに入るのを確認すると、
床に膝をついて彼の足元に転がっている古いアンパンに手を伸ばし、
切断面に指を挿し入れて古いチップを回収すると上着のポケットにしまう。
そして両手でずしりと重い大きなアンパンを持ち上げると、
二十四時間火を絶やすことの無いパン焼き窯の方へと運んだ。

「さようなら、アンパンマン七百八十一号……」

 バタコはかつてはパン戦士の口であった部分に自分の唇を重ねると、
古いパンをめらめらと踊る紅蓮の炎の中へと投げ込んだ。

 一瞬、焦げ臭い匂いが彼女の鼻をついたが、自動制御のオーブンが火勢を強めると
古い顔はすぐに燃え尽き、室内には新しいパンの匂いしかしなくなった。




54 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:19:26.10 ID:F3jISvOM0


「ヴァイキン様!」

 珍しい、というより初めて見るカービイの走り姿だった。
無数の触手を器用に操ってヴァイキンの執務室のドアを後ろ手に閉じながらデスクまで駆け寄ってくる。

「なんだカービイ、カビだけに意外と足が速いじゃないか」

手にしていた書類を置いてのんびりと声を掛けたヴァイキンだったが、
普段はエスプリに富んだ執事も、そのジョークを拾わずに単刀直入に本題に入る。

「三日ほど前に傍受した、ジャム側の暗号電文の解読資料です」

そう言ってカービイは2枚の用紙を机の上にパサリと置いた。

「随分と速い仕事だな」

通常、スクランブルをかけた上に細切れにされてさらにコード化した挙句、
デジタル信号で送られる高度に暗号処理されたジャム側の通信を復調解読するには、
古代文明の失われた文字をも解読してきたヴァイキン達の技術でも一月から、運が悪いと一年は掛かる。

「実は、全く同じキャッシュの通信が一年ぐらい前に星外に向けて超光速方式で打たれていたのです。
 今回のはパン工場内でジャムからバタコに転送されたものでした。
 基地内有線通信網に接触したカビルンルンがほぼ偶然に傍受し、気になって解析を急いだのですが」

 カービイはそこまで言うと黙ってヴァイキンが書類に目を通し終えるのを待った。



55 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:21:27.57 ID:F3jISvOM0


報告書  


先立って送付した報告書の通り、本惑星には優秀な先住民族が存在していた。

各地に見られる遺跡群や「ゴミラ」などの古代生命体はその遺物である。

その文明のテクノロジーの中でも特に優れていたのが食品を動力とした人造兵士製造技術であった。

なぜ、食品が動力に適しているのかは現段階でも調査中であるが、

我が母星の汎用ネコ型ロボットの事例に見るように、

ある種の動力源を使用する場合、 燃焼効率の面で優れているためと考えられる。




57 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:23:30.49 ID:F3jISvOM0


そしてその遺跡群を探査した我々は、ついにその技術を入手。

副主任研究員であるマリア・バタコンナ准尉らを中心とするチームは、

遺跡のデータ解読に成功しパン型戦士type-01「アンパンマン」を完成させた。

この後、そのテクノロジーの応用により、type-02「カレーパンマン」、type-03「食パンマン」等、

パン戦士シリーズの開発にも成功を収める。

また、今日では更なる発掘調査が進み、

旧世界の遺物である人造兵士、(ライスを動力源とする「ドンシリーズ」等)を復活させ、

我々の支配下に置いている。

人造兵士の多くが我々に対して好意的なのは復活させた事と共に、

補給、それ以上にメンテナンスを賄い得るのか我が勢力のみであることに起因する。



58 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:23:33.08 ID:eAej3SJ4O


個人的にはめっちゃおもしろい。



59 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:25:31.56 ID:F3jISvOM0


パン戦士シリーズ及び人造兵士の復活に成功した我々は、

ほぼ惑星内の軍事警察権を収攬するに至った。

警察権の行使は当然、民事にまで及ぶことさえしばしばであり、

先住民の我が支配に対する抵抗運動は未然に摘発され、鎮圧されていった。

現在では当植民地暫定政府直轄の秘密警察を深く市民社会に浸透させることにも成功している。




60 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:27:24.24 ID:Sd5I6pNf0


おもすれえw
ドンシリーズってカツ丼マンとかだよなwww




61 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:27:32.08 ID:F3jISvOM0


また、ここで先住民についても報告しておかなくてはならない。

本星の先住民は、動物に近似した形態をとる種族(以下、亜人と呼称)

及び、知能を持つ大型菌糸類(以下カビルンルンと呼称)の2種類に大別される。

平野部に住む亜人たちは、その生活も決して高水準と言えない。

ただし、彼等はこの惑星に偉大な文明を築き上げた人々の末裔である。

我々が母星より持ち込んだ地中探査犬である「チーズ」は

知能強化手術を受けているとはいえ動物に過ぎないのに対し、

惑星の住人が二足歩行と会話が可能なのは、そのような事情に起因すると推察される。

植民支配初期にはこれらの人々による抵抗運動が多発したが、詳細に関しては先の報告書の通りである。




62 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:28:48.87 ID:F3jISvOM0


もう一方の原住種族であるカビルンルンであるが、

こちらは未開地帯で繁殖する1メートル程の大型菌糸類であり、

一応の人語を解するようではあるが、亜人たち程の生産能力も認められず、

さしたる脅威勢力にもなり得ないと判断し、現在のところ放置しているが、

体制が安定すれば更なる分析を試みる予定である。



63 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:30:50.21 ID:F3jISvOM0


さて、本官は一時期、主に亜人たちによって熾烈に惹起された抵抗運動に対し、融和政策を執ることにした。

その一つが「食糧分配」である。

それは我々のパン工場において製作された依存性のあるパンを無償で供給するというものである。

これは惑星内の食糧生産の一元化を画策したものであり、

我が勢力に依存しなければ食糧自給すら満足に行なえなくなるという側面が存在する。

本政策により、かなりの数の抵抗分子を減らす事に成功した。

また、同時に先住民の中に「親体制派」の扶植を実行。

目下、優秀なのは「ミミ先生」(サンプル№JRDSA00416426)こと、

亜人を徴用した女性秘密工作員ある。

彼女は亜人たちの初等教育を担当すると共に、愚民化政策を実行。

その成果は「カバオ」(サンプル№JRDAPS000656573)らの愚昧振りを見るに明らかである。

結果、亜人たちの民族精気と当事者能力を挫くことに成功した。




64 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:32:51.73 ID:F3jISvOM0


そして現在、唯一残っている抵抗分子が元来、

我が勢力の一員でありながら我々に叛旗を翻して一部の先住民らを煽動し、

当植民政府を手中にせんとする元主任研究員ナインハルト・ヴァイキンである。

我々の植民政策及び、テクノロジーに関して第一級の知識を持つ彼が突如として錯乱し、

我が母星の統轄部である植民政府に宣戦を行なった事に関しては

本官の監督不行き届きである事は否めないが、

彼を制御できる範囲の分かり易い敵勢力「バイキンマン」として亜人たちに示し、

その求心力維持に一役買ってきたのもまた事実であり、いつしかこの植民政策に欠かせぬファクタとなってきた。



65 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:34:22.66 ID:F3jISvOM0


しかし今日、反逆者ヴァイキン陣営が本惑星の古代遺跡より

未知なる技術を入手しつつあるとの報告もあり、

長年維持してきたバランスオブパワーが崩壊するという憂き目に遭っている。

先の政策群により我が植民政府は先住民たちを効果的にコントロールしつつ統治してきたのだが、

それを現在に至って覆されるわけにもいかず、

ついては1個大隊の戦闘部隊を増派されたくここに要請するものである。



                  太陽系外第77方面新資源惑星探査隊隊長 ヨアヒム・G・ジャムンセン中将




67 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:36:23.14 ID:F3jISvOM0


「やれやれ…」

 ヴァイキンは力無く読み終えた書類をデスクに放った。

「一年前にこれと同じ内容の通信が打たれていたなら、
 そう遠くないうちにこの『増援』が到着するはずです。もしかすると、もう来ているのかもしれません」
「まさか故郷の連中にまた会えるとはな。嬉しくて涙が出そうだ」

 カービイは黙っていた。いや、正確には掛ける言葉が見つからなかった。

 ヴァイキンもまた、ジャムの犠牲者である。
人間をベースに改造するパン戦士の一モデルとして、
バクテリオファージに似たこの星の古代生化学技術でイースト菌との融合を試みられたのだが、
実験は失敗し、この忌まわしい「バイキンマン」としての姿をあてがわれていた。

 彼は絶望の日々をパン工場の湿っぽい、地下牢としか形容の仕様が無い狭い部屋で
データを採取されながら生き長らえていたが、ある日に部屋の隅から現れたカービイの助けを借りて脱出し、
半ば復讐ともいえるこの戦いに身を投じてきたのだった。



69 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:38:29.36 ID:F3jISvOM0


 カービイはこの悲劇の男が人間に戻りたがっていて、
故郷である自分の星に帰りたくも思っていて、しかしそれらの感情をすべて殺し、
この星に骨を埋めるつもりで自分たち先住民族の解放戦線の先頭に立ってきたことも知っていた。

 最早、避けられ得ぬことになりそうだが、
その優しい性格から彼が彼の母星から来るかつての同胞たちと銃火を交えたくないのも容易に想像がついた。

「すまん、カービイ。急ぎの課題なのは重々承知なんだが、少しだけ一人にしてくれ」
「かしこまりました」

 今のやりとりはカービイの意識を通じて、この星に散らばる全てのカビルンルンたちが聞いていた。
彼は冷静で、あまり感情を表には出さない個体だったが、
そのネットワーク網のどこかに篤心家が居たのであろう。
部屋を辞したところで流れ込む感情の波に抗いきれず、一筋の涙がカービイの頬を伝った。




70 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:40:30.22 ID:F3jISvOM0


 夜更け過ぎ、ジャム連邦共和国の亜人街に空襲警報が鳴り響く。
もっともこの週の初めから「活発な破壊活動を続けるバイキンマンを警戒するため」との理由で
夜間外出禁止令が敷かれており、時おり哨戒中のパン戦士が低空を飛行する以外に、街路には人影は居なかった。

 住民たちはそのサイレンの音を聞くと急いで窓のカーテンを引き、
照明を消して灯火管制に入る。もし領内へ侵犯してきたヴァイキンに目をつけられて、
言葉を交わしたり何かを奪われたりすればパン工場地下での再教育が待っている。

「あれぇ?」

 災難を防ぐべく、窓にブラインドを下ろそうとしたカバオは素頓狂な声をあげた。

「なんだろう、あれはバイキンマンのユーフォーじゃないぞ?今まで見たことのない機械だなぁ」




72 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:42:31.69 ID:F3jISvOM0


 パン工場の方角に降りていく大型の船影をしばらく見送っていた。

「何やってんだいカバオ!早く外から見えないようにするんだよ!」

 後ろから彼のたった一人の肉親である祖母の金切り声が響く。

「はーい」
「返事は短く『ハイ』だろ?全くこの子は……お前にはしっかりしてもらわないと困るんだよ!
 お前を父さんや母さんみたいにさせるわけにはいかないんだ……」

 というと老婆は孫を強く抱きしめた。

「おばあちゃん、今ね、見たことのない飛行機がパン工場の方に行ったよ。明日学校でみんなに教えたげるね」
「駄目だ駄目だ駄目だ!サイレンが鳴ってる間の事はしゃべっちゃいけないよ」
「うーん、わかった」

 早口でまくし立てる祖母の緘口令をカバオは仕方なく受諾した。




73 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:44:01.86 ID:F3jISvOM0


「タワー、揚陸艇。ファイナルランディングアプローチ」
「揚陸艇、タワー。支障無し」

 バタコはヴァイキンとの戦時には司令室としても使用される広い管制室で、
一人で管制を行なっていた。この星に着任してから、自分の生まれ育った星の人間と話すのは、
文言の決まりきった着陸管制とはいえ、彼女を少し昂揚させていた。

 レーダにも各センサ類にも外敵の反応がないことを確認すると、
大型のドックのゲートを開けるスイッチを押す。

 ほぼ同時に自動着陸システムの基地側と船側の信号が互いに握手したことを告げるランプが点灯する。
大きな窓の向こうには、自動操縦に切り替わってドックに向けて一定のスピードで降下する大型宇宙揚陸艇が見える。

 パネルに目を向けると、着陸までは3分足らず。

 全てが、レールの上に乗っていた。




74 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:45:32.03 ID:F3jISvOM0


「来ましたよ、バタコ少佐」

 すでにドック内部に降りている食パンマンから通信が入る。

「了解。私もすぐにそっちに向かうわ」

 何気なく、彼女はコンソールからの立ち上がり際に、モニタに映った自分の顔を見た。

「こんなにバッチリ化粧をしたのなんて何年ぶりだろう。もうオバサンて言われてもおかしくない歳よね。
 でも大丈夫、まだキレイよ。大丈夫、イケる!」

 すっと立ち上がると、管制室の大きな窓にスラリと背筋の伸びた細身の白い軍服が似合う美しい女士官が映る。

「行くわよバタコ」

 彼女は颯爽と部屋を後にする。




75 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:47:02.28 ID:F3jISvOM0


 重い音が響いて上部扉が閉まり、人工的な光に照らし出された四角い揚陸艇はドックの接舷装置にロックされた。

「第一から第八ガントリーロック、接続確認。全着陸行程クリア」

 パネルの間に立つカレーパンマンが装置を見てコクピットに連絡する。
その合図とともに、ドック内に轟いていた甲高い反重力エンジンのノイズが段々と低くなっていった。
船体のあちこちに灯っていた夜間飛行用の赤と緑のランプが、次々と光を消す。

 カレーパンマンはコンソールの一番隅にあるタラップのスイッチを押し、
食パンマンとアンパンマンの並ぶ揚陸艇の乗船用ハッチの下に向かう。

 低い作動音を伴って階段型のタラップが、逆噴射によって発生した陽炎の中をせり上がっていった。
やがてそのハッチが開く。内外の微妙な気圧差からか三人のパン戦士に向かって船内から一陣の風が吹き、
彼らのマントを靡かせた。




76 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:48:38.02 ID:F3jISvOM0


 最初に現れたのはバタコと似たデザインの白い軍服を身に纏った中年の士官だった。

「さすがにブラスバンドまでは期待しちゃいなかったが、何とも味気ない出迎えだなっ」

コツ、コツと顔が映るくらいに磨き上げられたブーツの踵で音を立てて彼はタラップを降り、
一番近いところで直立する食パンマンの前に立つ。

「これが噂のパン型戦士ね」

と呟くや、唐突に彼の顔の側面のパンの耳の部分を摘まむと
スナップで引きちぎり、口の中に入れた。食パンマンは姿勢も表情も変えない。

「ふム……なんと本物のパンじゃあないか。おいフレーク、こいつぁ船内食のパンよりよっぽど上等だぞ」

と、ハッチから続いて出て来た筋骨逞しい男の方を向いて言った。

「話によると、そいつらモノ凄い戦士だそうじゃないですか。しかも緊急時に食糧になるってんなら、
 俺達、宇宙海兵隊は全員お払い箱ですね、ベーキング大佐!」

ワッハッハとフレーク隊長に続いて重い装備類を背負って船を降りてきた海兵隊員たちが豪快に笑った。

「我が国の財産をいきなりむしり取って食べてしまうとは、とんだ援軍ね」

ハッチの扉が開き、バタコが入ってくる。フレークが小さく口笛を吹いた。

「これはこれは、バタコンナ准尉。いや、こちらではバタコ少佐でしたな」
「ようこそ太陽系外第七十七新資源惑星へ」

 二人は挙手の敬礼を交わした。




77 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:50:08.87 ID:F3jISvOM0


「まずはジャムンセン将軍にお会いしたい」
「了解しました。こちらへ。海兵隊員の皆さんは、食パンマンとカレーパンマンが宿舎に案内します」

 バタコとベーキングが連れ立って歩き、
その後ろに食パンマンが海兵隊員たちをエスコートし、しんがりをカレーパンマンが続く。

「なんだか俺達、囚人みたいスね。フレーク隊長」

 若い隊員が最後尾のカレーパンをちらりと見てフレークにこぼす。

「お前さ、この前の任務で最初に植民基地に降りて案内された時も同じコト言ってなかったか?」
「あの時はちゃんとたくさんの人間のお迎えがあったじゃないスか。
 それで先導してた奴が『デモリッションマン』の看守長に似てるっていう冗談だったじゃないスか」
「今回はなかなかファンシイな看守じゃないの。なぁに、メシ食って清潔なベッドで一晩眠りゃ忘れるよ」
「いや、別に自分はビビってるわけじゃ」

「こちらへどうぞ」

一同が大きなドアの前に案内されたところで食パンマンの張りのある声に、会話は中断された。
バタコとベーキングは更に奥へと廊下を歩いていく。



78 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:51:40.08 ID:F3jISvOM0


 観音開きの頑丈そうなドアを開けると、広い部屋に隊員分のベッドと生活用品が整然と並んでいた。

「設備は自由にお使い下さい。食事は明朝八時です。
 その時にまた、カフェテリアまでご案内に参ります。ではごゆっくり」

 食パンマンは簡潔に述べるとドアを閉じ、外からロックを掛けた。

「やれやれ、ホントに囚人みたいだな」
「まぁま隊長、俺らみたいなペーペーの兵隊には
 見せられない植民地政府の機密みたいなモンがあるんでしょうよ。それより、こっちはどうですか?」

 副隊長が部屋の隅のビリヤード台を指しながら、壁から外したキューを渡す。

「よし、俺は棒とタマを使って穴になにかを入れるって競技は得意なんだ」

 フレークは不敵な笑みを浮かべながらキューを受け取った。




79 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 19:53:11.44 ID:F3jISvOM0


 エレベータに乗ってから、既に5分は経っていた。

「随分と深いな」

ベーキングはその言葉をつい先程も漏らした事に気づいて小さく笑った。

「私もまア、随分と色々な植民星を回って来たがね、これほど立派な基地を築いていたのは初めてだよ」
「たまたま、この星に眠っていた遺跡がアタリだっただけです。大佐」

 バタコは冷静にその見え透いた世辞を切り返す。この次にはズバッと直球を投げてくるのは目に見えていた。

「その『アタリ』のテクノロジ群を持ってしても、反逆者であるヴァイキン博士を抑えることが難しかったのかな?」
「ヴァイキンは主任研究員でした。発掘した技術に対する理解は、
 それを持っていた遺跡の主たちが滅んでしまった現在、この星で彼の右に出る者はありません」

 エレベータが止まる。




83 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 20:03:38.68 ID:F3jISvOM0


「それで我々がトラブル解決に呼ばれたって訳だ」

 バタコに続いてベーキングも、ジャムの執務室への深いカーペット敷きの廊下を進む。
 突き当たりに重厚な扉が見えてくる。

「バタコです。本部からの増援部隊長をお連れしました」
「入ってくれ」

 レディファーストの原則を無視してバタコが扉を開いた。ベーキングは少しだけ背すじを伸ばす。

「うん?」

 当然、ジャムンセン中将が座っていると思っていたデスクの向こう側の豪華な革椅子に人影を見つけられず、大佐は訝しげな顔を作って准尉に向ける。

「バタコンナ准尉、将軍はどちらに?」
「……奥の部屋にいらっしゃいます」
「奥の部屋は私室ではないのか?私は公務でここに来ているのだが」

 ベーキングは憮然たる表情で机の裏手にあるドアに向かい、少し乱暴にノックをした。

「入ってくれ」

 その扉の向こう側から先程と変らないジャムの声が届く。

「失礼します」

 彼はノブに少し力を込めて重いドアを押し開けた。




84 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 20:05:39.03 ID:F3jISvOM0


 奥の部屋から流れ込む冷たい空気が戸口に立つベーキングの顔を舐めた。

「な、なんだこれは…」

 執務室の奥は、部屋というよりも巨大な冷蔵室という形容の方が合っている空間だった。
海兵隊員を運んできた揚陸艇が一機がまるまる入る程のスペースに低い、
強力な室温調整装置の音が響き渡っている。

「ジャム総統はこの奥です。参りましょう大佐」

 意表を突かれて立ち尽くすベーキングをバタコは軍服の襟を立てながら促す。

「うム。あのアンティーク趣味の部屋からまたガラッと雰囲気が変ったから驚いたよ」

白い息で話しながらベーキングは慌てて足を前に出す。

「将軍は研究作業中なのか?仕事熱心なのは結構だが、
 ご自分で呼んだ我々海兵隊の出迎えにぐらい出てきても良さそうなもンだがね」

 バタコにも聞こえるか聞こえないかぐらいのトーンでベーキングは悪態をついた。

「そう言うな。少し手が離せなくてな、ベーキング大佐。遠路はるばるご苦労だった」

 歩く二人のすぐ横にあったスピーカからジャムの声が轟き、
またしてもベーキングは立ちすくむが、今度はすぐにまた歩き始めた。
壁に張り巡らされた配管類が共鳴して少し震えている。ベーキングはきまり悪そうな表情をバタコに見せる。



86 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 20:07:40.23 ID:F3jISvOM0


 薄暗がりの中に一軒家ほどもある大きな機械が見えてくる。壁のパイプや配線は全てここに集中していた。

「えっと、ジャムンセン中将はこの中にいるのかな?」
「はい、大佐」
「なるほど」

 と言うと、ベーキングはその外壁が少し霜がかっている機械のまわりをぐるりと一周、
やはり周囲との温度差で結霜して薄く雪が降ったようになっている床にブーツの足跡をつけながら回ってみた。

「バタコンナ准尉」
「はい」
「この機械なんだが、ハッチというかドアというか、あーつまり入り口はどこなのかな?」

「ハッハッハッハッハ!」

 その質問にはバタコの代わって再び部屋全体に響くスピーカを通したジャムの笑い声が応えた。

「ジャムンセン将軍!そろそろ、お姿を拝見したいンですがね!」

 痺れを切らせたベーキングが居場所のつかめないジャムの代わりに
目の前の機械に向かって大声を上げた。しかし相手が巨大でどうにも落ち着かない。

「バタコンナ准尉!私を早く中将に会わせるンだ。このクソいまいましい貯水槽の化け物みたいな代物から
 ジャムンセン中将を呼び出して……」

と言いかけたところでふとベーキングは目の前のバタコに違和感を覚えた。
彼が士官学校を出てから見続けてきた、三十年近くデザインの変わっていない
宇宙海兵隊女性士官第一種制服姿のどこかに妙なところがある。




87 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 20:09:55.80 ID:F3jISvOM0


「お探しのモノはこれですか?ベーキング さ ん 」

 それを察したバタコは掌を開く。
 そこにはベーキングもまた着けている、
青い宇宙海兵隊の襟章が壁の吹き出し口から流れる白い冷気を通した
天井の蛍光灯の光を鈍く反射していた。反射的に本来それがあるべき場所に目を移すと、
そこには、彼の徽章と同じインディゴブルーながら彼のものとは異なる
『J.A.M.』
の文字がデザイン化されたピンが留められている。

「准尉…」
「ベーキング大佐、私はもう、宇宙海兵隊准尉のバタコンナ准尉ではないのです」

 哀しげな表情でバタコは真っ直ぐ自分に刺さるベーキングの視線から逸らすと、
その大型機械の方に歩く。そして正面のプレートについた霜を袖口でガリガリと落とした。

『J.A.M.』

彼女のエンブレムと同じマークが現れる。さらにその下の部分をも丁寧に拭う。




88 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 20:11:36.54 ID:F3jISvOM0


 JUSTICE AND METHOD  (正義 と 秩序)

「紹介します。我がジャム連合共和国の国家元首、ジャム総統です」

 バタコは巨大なマシンに向けて、しなやかに上を向けた掌を差し出した。

「馬鹿な!」

 ベーキングはゆっくりと、バタコを見据えたまま左腹に
クロスドロウ式に装着してあるホルスタの覆いを左手で外し、そして素早く右手で拳銃を抜いた。

「裏切ったというのか?バタコンナ准尉……
 というより、この機械そのものがジャムンセン将軍だというのか?うぬぬ馬鹿な!」

 バタコに向けられた銃口の後ろで撃鉄が起こされる。

「ご理解が早く、助かります」
「ふン、たかだかこんな辺境の惑星を牛耳ったところで、
 強力とはいえ数体のパン戦士とやらだけで独立戦争をやらかそうってのか。
 それにお前らは致命的なミスを犯したな!」

ベーキングは腰のポーチから無線機を左手で取り出す。



89 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 20:13:08.31 ID:F3jISvOM0


「自分らで呼んだ応援部隊が、鎮圧部隊の先遣隊になっちまうってことさ」

 刹那、赤と黄色のまだらの影が走り彼の無線機を貫いた。
何が起きたか分からないうちにベーキングが右手で持つ将校用ピストルも奪われる。

「ご苦労さま、アンパンマン」

 アンパンマンは無言で会釈だけバタコに返すと、
左手で握った拳銃の弾倉を抜いて、スライドを引き初弾を薬室から排出させ、
マガジンとともにバタコに渡す。そしておもむろに銃身を飴細工のように握りつぶした。

「なるほど。大した戦闘力じゃないか。速く、そして強い。
 自信を持つのも理解できる。しかしそれだけでは、個の力では戦争は勝てないのだよ。コンピュータおじいちゃん!」
「だから君達を呼んだのだ」

 ジャムの声だけが部屋全体にこだまする。姿の無い妙な威圧感に、ベーキングはわずかに後ずさりする。




90 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 20:14:40.10 ID:F3jISvOM0


「ジャムンセン中将……いや、こうして叛旗を見せた今は、ジャムンセン『元』中将というべきか」
「どちらも正確ではない。『元』ジャムンセン中将あたりが妥当だろう。
 私はご覧の通り、今やこの星で発掘されたこの機械と一体化した、言わば意思だけの存在だ。
 もはや人ではなく、『J.A.M.』というひとつの惑星管理システムなのだよ。
 まあ詳しい話は君達、宇宙海兵隊員をパン戦士に改造した後にでもしてやろう」
「なんだと!」

 この場はあきらめてアンパンマンに大人しく手錠をかけられていたベーキングは
 その言葉を聞くや、全身の力を振り絞って抗ったが、赤い強化スーツを来たパン戦士は淡々と彼を拘束した。

「言っただろう、その為に君達を呼んだと。君の言う通り、個の力では戦争に勝てぬから
 パン戦士の集団を作るべくその材料を調達したというわけだ」
「うおおぉぉっ!」

 ベーキングの憎悪を孕んだ絶叫が地下に響いた。




93 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 20:16:41.50 ID:F3jISvOM0


「はぁあ」

 パン工場で大きな異変があった数週間後、
そんなことは露知らずに少女は窓辺の桟についた肘の上に顎を載せて
深く、息を吐き出していた。何が今、自分を縛り付けているこのフラストレーションの原因なのか分からず、
とりあえず身体の中の鬱屈したものを全て出し切ってしまおうと、
先刻から肺の中身を大気に放出する努力をしているのだが、どうにもうまくいかない。

「あ~ぁ、食パンマンさま……じゃなかった!あいつはトンだ悪党だったんだわ!ふぅ」

 溜め息をつきすぎて喉が渇いた彼女が、既に空になった水差しを持って部屋を出ようとするとノックの音が響いた。

「どーぞ」

 ティーセットを乗せたワゴンを押して入って来たのは執事だった。

「カービイ、グッドタイミング!」

 ドキンは水差しをナイトテーブルに戻すと勢い良くベッドに座った。



94 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 20:18:14.96 ID:F3jISvOM0


「オレンジペコーのいいところが入りまして」

彼はいたずらっぽく、茶葉の入った缶を振ってシャラシャラと音をさせた。

「オレンジ?アップルティーのみかん版みたいなのかしら」
「いえ、葉束の先端の小さい葉だけを使った高級茶葉でこしらえたお茶です」

 それはヴァイキンが街でドキンの為に仕入れてきたものだった。

「ふーん、ねえカービイも一緒に飲みましょうよ」
「残念ですが」

 白磁のカップに湯だけを注ぎ、適温になるのを見計らっているカービイは少し悲しそうに微笑みながら辞退する。

「私どもカビルンルンは紅茶に含まれるカテキンが苦手でして」
「御相伴に与れず、申し訳ございません」

 カップの湯を捨てながらもう一度彼は寂しそうに笑った。




95 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 20:19:53.26 ID:F3jISvOM0


「あら、それじゃバイキンマンもよく、アルコール飲んでるけど平気なのかしら。
 お腹の中から消毒されたりしないのかな…」
「今のところ大丈夫のようで。砂糖は二杯ですな」

 屈託の無い、しかし実は難しいその質問に、カービイは淀みなく答えた。
ヴァイキンがこの星の外からやってきた人間であり、
改造に失敗したイースト菌戦士であることを彼女に話すのはまだ早かった。

 彼はその実験の失敗により、体内で細胞分裂に必要な酵母を
アルコール摂取によって賄わねばならない不完全な一面をも持っている。
しかし今はまだドキンと同じ、進化の道を模索するかの如く多様な形質をとる亜人の
ひとりということにしておいた方が良い。

「うん、おいしい」

 ドキンが笑顔をこぼし、カップをソーサに置いた。

 その瞬間だった。窓の外に閃光が煌めき、轟音とともに部屋全体が激しく揺れた。
ワゴンの上に乗っていたポットが落ちて、床のカーペットに作った染みから湯気が上がる。

「ドキン様!」

 執事は頭上で揺れる照明器具が不安定に点滅をする中、怯えるドキンに駆け寄った。

 低く垂れ込めた重い音の警報サイレンが辺りに響き渡り始めた。





106 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 20:55:15.52 ID:F3jISvOM0


「何があった?」

 ヴァイキンは司令室に入ると息を切らせて肩を上下させながらも、
あくまで平静を装って手近な当直のカビ兵に尋ねた。

「敵襲です!こちらの防空識別圏外から未知の兵器にて射程範囲外攻撃されています!
 現在、第三から五、及び七区画より出火中!」

 それだけヒステリックに告げると、そのカビルンルンは走って自分のブースに戻り、
慌ただしくキーボードを叩き始めた。すぐに違うカビ兵から報告が入る。

「ダメージコントロールですが、カービイ様の指示で第三、四区画は破棄。
 第五及び第七区画の消火に集中させています!現場からの報告では、鎮火まで十五分!」
「いい判断だ。迎撃シフトは?」

 現場のユニットと交信をしていたまた違うカビ兵が応える。

「第二波攻撃に向けて展開中です。ダダンダンを、
 対パン戦士仕様と対地上兵器仕様にて一機ずつ準備中です。あと八分で出せます!」
「もう一機、対パン装備で出すんだ!ダダンダン、全機出撃だ。四分で準備させろ!
 皆、いいか?今回は出し惜しみ無しで行く!」

 その指令を受けたカビルンルンは「一緒に」話を聞いていた、格納庫のメカニックのかわりに「了解」と答える。




108 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:00:16.98 ID:F3jISvOM0


「……非戦闘員の退避は?」

 このヴァイキン城に、戦闘に参加しない要員は一人しか居ない。

「ドキン様はカービイ様と共に地下出口からドキン様の機体にて脱出済です。既に安全圏に到達しています」
「よし、私も出る。UFOは?」

 ヴァイキンの眼に一瞬、安堵の色が浮かぶがすぐに戦う男のそれに戻る。

「武装を対パン水圧砲、千八百ミリ半誘導対装甲打撃鉄槌に換装済。
 副砲には三十ミリの徹甲焼夷弾を乗せてあります。エンジンアイドリング中。すぐ出られます!」
「いいぞ!迎撃に関してはオールウェポンズフリー全火器使用自由。
 ただし、押し返せても深追いはするな。この拠点だけを守ってくれ。それじゃ、ちょっと行ってくる」
「お任せ下さい!お気をつけて!」

 一同が声を揃えて送る中、彼は手を振ってハンガー格納庫に向かう。




109 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:05:29.53 ID:F3jISvOM0


 涼やかな風のような音を立てて彼のマシンは待機していた。

「既に各チェックは済んでいます」

 ヴァイキンはその機付き兵を信用しなかったわけではなかったが、
ぐるりと機体のを外周部をチェックした。こんな時だからこそ確認を怠らない、
そのパイロットとしての性を知っているカビ兵は何も言わず、Gスーツを持ったまま彼の点検を待った。

「よし、スーツを」
「どうぞ」

 スーツを渡すと、今度は乗機用ラダ-を押さえる。
何度か飛び跳ねながらタイトなツナギ状のGスーツに身体を押し込んだヴァイキンが
勢い良くハシゴを登る。そしてそのカビ兵も一緒にUFOに乗り込み、
ベルトで専用のシートに自分を固定する。

 今回のような長引きそうなフライトには、必ずカビルンルンが一名同乗することになっている。
彼らの理論的には傍受もされず妨害もできないテレパスは軍用無線として最適であり、
かつ単独行動中のユニットからリアルタイムで司令室や、
他の全カビルンルンユニットに情報をフィードバックできるからである。

「今回、機付きになりましたカルビンです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。さぁ行くぞ!」

 まだ若いカビ兵に簡潔に挨拶をするとヴァイキンは機体に揚力をかけながらキャノピーを閉じた。
そのロックがかかる瞬間にハンガー格納庫の防火扉が最低限、ヴァイキンUFOが通れるだけの隙間を作る為に
重い音を立ててスライドする。

 彼の機体は少し朱く染まっている夜空に、静かに滑り出した。




113 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:10:33.16 ID:F3jISvOM0


「カービイ、あたしのUFOはどこにむかっているの?」

 ドキンの流線型の機体は、自動操縦であらかじめ設定されたポイントまで、
地表スレスレを飛んでいるのだが、カムフラージュの為か先程から何度も方向転換をしていて、
元来いわゆる方向音痴である彼女はすっかり自分の現在位置が分からなくなっていた。

「もうすぐ見えて来ます。ほら」

 と、機付員席のカービイが指し示した方角には、うっすらと街の明かりが見えてきた。
この、ほぼ大半の陸地が水没してしまった惑星にある街。それはひとつしかない。

「え~っ?あれ、ジャムおじさんの、パン工場の街じゃない!敵の本拠地じゃないの!」

 あわてふためくドキンは、寄りかかっていたシートから跳ね起き、
とりあえず機体を停止させようとコントロールスティックを引くが、
エラーメッセージがウインドウに表示されるだけで機体の意志は全く変わらなかった。

「ドキン様、ご安心を。このルートの安全は既に確保されています。もちろん我々の受け入れ先も、です」



114 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:15:38.09 ID:F3jISvOM0


 彼女が物心つく前から世話をしているこの老カビルンルンの自信に満ちた今の一言で、
不思議とドキンの気分は落ち着いた。彼らの種族は気休めの嘘などつかないということは、
ドキンの半生を通して得た経験則のうちのひとつだった。

「わかった。それで、どこに行くの?」

 リラックスして再び座席に身を沈めて尋ねる。

「小学校に」

 カービイはシンプルに答えた。

「小学校?あの小学校よね……って、あの街に小学校はひとつしか無かったわね。
 あの、マヌケのカバオなんかが居る小学校よね?」
「はい」
「隠れ先なんだから、もうちょっと秘密っぽいところかと思ったわ」
「木を隠すなら森、いやこの場合は灯台元暗しといったところでしょうかな」

 ドキンは隠遁するのが、自身も幾度となく訪れてはちょっかいを出して遊んでいた、
あまりに馴染みのある場所であることを知るとさらに気分が落ち着いてきた。
ヴァイキンもなかなか味な事をすると感心してみたりもした。

「カービイ、ヴァイキンは無事?」

 思い出しついでに、聞いてみる。

「はい、今のところご無事のようで」

 彼は初めて彼女に嘘をついた。




117 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:21:49.37 ID:F3jISvOM0


 その特筆すべきヴァイキンUFOの主機の長所である静粛性は、
副砲として積んでいる古式ゆかしいチェーンガンの豚の断末魔のような発射音で全くその特性を失っていた。
もっとも、今回のような邀撃でその特徴を活かす場面があるかどうかは別問題だったが。

「二時方向下方、敵機!」

 返事の代わりに彼は機体を右方向に旋回させながら加速しつつ機首を下げ、
一瞬だけトリガーを引く。短い火線が空中に走り、
五発に一発の割合で装填されている曵光弾がそのパン戦士に命中して
青白い炎の尾を引きながら地面に向かって落下していく。

「くそっ、キリが無いな…」

 雲霞の如く彼の機体に群がる量産型パン戦士。
彼らが二十日ほど前にジャム領内に降りた懐かしき故国の
宇宙海兵隊の揚陸艇に乗っていたはずの海兵隊員たちがジャム総統の、
いや『J.A.M.』の手によって改造されたものであることを彼は知っていた。

 最初のうちは水圧砲の薙射によるエネルギー源たる
頭部のパンの無力化という戦法をとっていたが、
数で押されては機動力を最大限に活用した立体的な攻防をする必要があり、
彼は覚悟を決めて重い貯水タンクを捨て、先程から実弾による射撃を行なっていた。

「パンらを全部相手にしていたら勝負にならない!それよりも城を狙い撃ちしてるアンパンマン号を探すんだ!
 湖岸の森のあたりに間違いなく居るはずだ」
「はい。あ、後方敵機!ほぼ直上!」

 必死に地上に目を凝らすカルビンの反応が少し遅れた。
その上空の、オリジナルより少し白っぽい量産型カレーパンマンは既に必殺のカレーパンチの体勢に入っている。



120 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:27:41.14 ID:F3jISvOM0


「ぬうぅええい!」

 ヴァイキンはキャノピ越しに敵を見据えながら、
機体を急上昇させた。鈍い炸裂音が響く。パンチのエネルギーが一番乗り切る、
腕を伸ばし切る直前の瞬間に二十トン以上あるバイキンUFOの体当たりを
顔面に受けたそのパン戦士は四散した。超硬化テクタイト製のコクピットカバーには、カレーがべっとりとついている。

 すぐさま自動制御の超音波洗浄装置が作動して視界は元に戻るが、ヴァイキンの心までは晴れなかった。

「湖畔の森林、北西部に熱源発見!熱核ホバー!アンパンマン号を発見!」

 僚機であるダダンダン二号機から通信が彼を現実に引き戻す。

「一号と三号は二号の掩護!二号は全火力をアンパンマン号に!さぁ、正念場だ!」
「了解!」

 各ユニットの指命受領確認を、機付員シートのカルビンが代弁する。

「さて、いよいよボス戦だな!」

 そして機首をダダンダン達の方に向けた時だった。
 機体に尋常ではない衝撃が走る。様々な色の警告灯がコントロールパネルに灯る。

「その前に中ボス戦だよ」

 振り向くと、彼のUFOから毟り取った太いアンテナを握りしめる、
黄色いスーツのオリジナルカレーパンマンがホバリングしていた。




122 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:33:32.04 ID:F3jISvOM0


「カレーラスか。久しぶりだな」

 ヴァイキンは人差し指を操縦桿のトリガーにかけたまま機外スピーカで
目の前に浮かぶ重火戦型パン戦士に、かつて同僚だったころのパーソナルネームで呼びかける。

「ヴァイキン、昔のよしみだ。悪いようにはしないから降伏しろ」

 瞬間、かつての記憶がヴァイキンの脳裏に過ぎる。
仲良しなどという言葉からは程遠かったものの、互いの才覚を認め合い
研究に勤しんでいたラボ内の同志。気難しい秀才の多い研究員の中で
このお調子者はいつも下らないジョークを飛ばしていたな……

 しかしこいつはもうあの陽気なカレーラスではない。

「敵の握力が高まっています!パンチに気をつけて!」

 半分近くの警告灯が瞬くパネルの中から情報を見て取ったカルビンが
絶叫にも近い声で警戒を促す。ヴァイキンはそれに応えるようにスティックを押し込み、
機体を急制御させる意志を示す。そのインプットを受けたコンピュータが、
失った片方の大型アンテナの重量を加味した演算を行ない、
最適な出力をエンジンに与えて動翼を制御する。

 離脱。すぐさまカレーパンマンのいるはずの空域に機関砲を向ける。
 がしかし、そこには既に何者も存在していなかった。




125 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:38:56.34 ID:F3jISvOM0


「ドップラレーダの精度が著しく低下しています。スキャン可能半径、周囲一キロ!」

 索敵半径一キロメートル。それは他のモデルに較べて鈍重とはいえ、
亜音速で接近するカレーパンマンをレーダの識別圏内に補足してから、
たった三秒間の猶予も与えられないことを意味する。

「口の中がアドレナリンの味でいっぱいだ」

 ヴァイキンはレーダをカルビンに任せて全周囲に無限に拡がる夜空に目を走らせた。



128 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:44:13.76 ID:F3jISvOM0


 南の空に何かがチラリと見えた気がした。

「あれかな?」

 依然として闇には慣れない眼を凝らすと、確かにその方角から何かが飛来する。
 夜の空で一番目立つ色は白だが、その次は微かな月や星々の光から浮き立つ黒である。
灯火管制の敷かれた夜の街の上空に接近するその赤い機体は計算されつくされた夜間迷彩塗装を施されていた。

「来た来た!今度こそ間違いないぞ!」

 少年は三回ほど飛び跳ねると、斥候としての自らに課せられた使命を遂行する為に
屋上から階下に結ばれたその原始的な通信器を取り、数回、弦を引っ張った
 静かな校舎の遠くの方で鈴の音が鳴り、しばらくすると受話器に女が出る。

「カバオ君、またトイレ?」
「ミミ先生、来ました。ドキンちゃんです!」
「ご苦労様。すぐ行くわ」

 傍受される恐れのない、電磁波を介さないその通信は数秒で終わった。




129 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:49:34.57 ID:F3jISvOM0


 ドキンの機体はヴァイキンのものよりも新しく、それ故に彼のものよりも進歩した技術が投入されている。
特に戦闘に必要である単純さや頑強さとは違う方向性にそのテクノロジは反映されているので、
バイキンUFOとは全く別物といっても過言は無い。
 その着陸時の無段階に制御された滑らかな機動は優雅でさえあった。
 キャノピーが開く。ドキンが降りる。

「待っていたわよ、ドキンちゃん」

 彼女を出迎えたのはウサギのような亜人の教師、ミミだった。

「ミミ先生、あの、わたし」
「いいの。バイキンマンさんから聞いているわ。早くこっちに」

 カービイは偽装(カムフラージュ)用のシートを素早く展げてUFOがパン戦士たちの飛翔する上空から、
視覚的にも電子的にも見えにくくする処置を施している。

「こっちこっち!」

 その屋上に繋がるドアを抑えているカバオがやや大きな声を上げた。
素早くミミが振り向き、唇に人差し指をあててそれを制する。
 掩体を構築し終えると彼女の腹心のカビルンルンは素早くドキンに歩み寄る。

「行きましょう」
「ええ」

 ドキンは執事が来るのを待ってから校舎に続くドアに飛び込んだ。




130 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:52:40.06 ID:U63Lb6wkO


スレタイと中身のギャップがすごいがwktk



131 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:54:37.89 ID:F3jISvOM0


 戦局は寄せ手から受け手へと傾き始めていた。全てのカビルンルンたちが連合し、
互いの死角を見張り、攻撃の観測、判定、必要な修正の各諸元を思念のネットワークによって
共有している彼らは、シームレスに次に必要な情報を収集し、
それをタイムラグ無しで組織全体に伝え、すぐさま実施することができる。

 量産されたパン戦士たちは一個一個の戦力は強力ではあったが、
統制という面においてはカビルンルンたちにアドバンテージがあった。

【もう二歩下がって主砲を撃とう】
【撃った。この一射はオトリ】
【これでアンパンマン号が少し後退したら射界が開ける】
【そこに全弾撃ち込んでみよう。3、2、1、今】
【弾着確認。ホバーを片方仕留めた】

 瞬間に数千の情報が交信される。その中から彼らは自分に必要な情報のみを
ピックアップして活用して戦う。その通信は満身創痍のバイキンUFO内にも
機付きのカルビンによってヴァイキンに要所要所が伝えられていく。戦術的勝利はもう近くに思えた。

「ヴァイキンさま。撤退を具申します」

 カビルンルンからの申し出というものはまず間違いだったことはない。
この惑星全体にひろがる膨大な数に及ぶ知性が相談して出した結論である。




133 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 21:59:54.17 ID:F3jISvOM0


「アンパンマン号は思ったよりもうまくいったかな。確かにもうこのUFOで浮かんでても何にもならないね」
「ヴァイキン様が前線に出たのでダダンダンに群がるパンが70パーセント近く減りました。そのおかげですよ」

 若いカビ兵は相変わらず周囲の視界と送られてくる情報に目を通し続けながら言った。

「ところが城まで帰れるか、ちょっとあやしいぞ」
「カレーパンマンですか。そうですね、かなり不利かも知れません」

 カビルンルンは気休めの嘘をつかない。少なくともヴァイキンはそういう場面を見たことが無い。
彼が言うなら、間違いなく不利なのだろう。

「どうしたら勝てるかな」
「僕たちカビルンルンはあなたと共闘していますが、『道具』にすぎません。
 この漸減戦で大量のパン戦士を撃墜して、あの機動要塞を潰しても、
 戦術的には勝ちですが、ヴァイキン様の生存無しには戦略的な勝ちはありません」
「『道具』ね」
「完全な比喩ではないのは分かりますよね」
「……うん。じゃあ『意志』を示すよ。『勝つ』ぞ!」
「了解しました。アンパンマン号はもうじき墜ちます。対パン装備のダダンダン一機をこっちに回します」



135 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:04:54.58 ID:F3jISvOM0


 強力な水圧砲を備えたパン型戦士を攻撃することに特化したダダンダンが一機、
アンパンマン号を攻撃するチームから離脱を始めた。

「どうしたんだろう」

 ダメージの蓄積してきた地上機動要塞を仕切る女士官が疑問を提示する。

「バイキンマンの掩護に向かったんだろう」

 基地から超思考力を持ったスーパーコンピュータ『J.A.M.』が応答する。

「バイキンUFOを落とし、生死は問わずとしても奴を確保することはできそうか?」
「ネガティヴです。この森の上空で彼のUFOを撃墜しても、生存したまま脱出される可能性は完全に否定できません」

 直接ヴァイキンと接敵しているカレーパンマンから回答が届く。

「ではプランBで行こう」

 それだけ言うとジャムの通信は終了した。バタコはそれを聞き届けると全パン戦士に撤退命令を下した。

「おやおや、もう帰りかよ。もうちょいだってのに」

 指令を受けたカレーパンが、直属の上官にわざと聞こえるように毒づく。

「帰投よ。基地に向かって」
「はいはい」



136 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:09:57.35 ID:F3jISvOM0


「カレーパンマンを見つけました」
 カルビンから報告が入る。正確には、
いまヴァイキンのサポートに回るべく湖の方から向かってくるダダンダンの索敵要員からの報告だった。

 複数名の補足情報により立体的に測距された情報が送られてくる。

「我より方位ヒト―サン―フタ―ロク、高度マイナス二十五、距離二千若。空中静止中」
「よく見つけた!……にしても、奴ら、撤退しはじめていないか?」
「はい。白っぽい奴らはパン工場の方に飛んで行っていますね。
 あっアンパンマン号も戦線から離脱していきます!追わせますか?」
「すぐにはとどめを刺せないだろう。深追いは禁物だ」

 カルビンがその指示を聞いた瞬間、ジャム側の大型兵器に対する砲火が若干緩やかになる。
牽制と威嚇を目的とした射撃のみが夜空に伸びる。

「カレーパンマンはどうしましょう。私もここから目標を確認できました。
 ダダンダンの方の測距儀と併せた演算の結果、こちらのチェーンガンでも充分、有効射程内です」
「…………やめよう。彼らは撤退をしている」
「ヴァイキン様。彼らが基地に戻って引きこもっているとは思えないのですが」
「叩けるうちに叩こうってことか。それでも叩かずに済むのなら、叩きたくない」
「……その『意志』を了解しました」

 すまない。と言いそうになってヴァイキンはその言葉を飲み込んだ。
仮にも彼はカビルンルンたちのリーダーである。
 一番最初にパン工場の地下の牢獄から助けられる際に交わした『契約』を思い出す。謝るわけにはいかなかった。




137 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:15:09.61 ID:F3jISvOM0


「やれやれ、今回はどうかと思ったけれども、どうやら一難去った感じなのかな?」
「……また一難のようです。ドキン様の居る学校が危ないかも知れません」
「! カービイからか?」
操縦桿を握るヴァイキンの手袋の中の湿度が一気に上がった。
「急ぎましょう。湖の直上を突っ切るコースが『空いて』いるようです」
「分かった」

 コントロールスティックを前に大きく倒しこむ。エンジンが低く唸る。




138 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:20:25.63 ID:F3jISvOM0


「ジャム連邦共和国政府統合司令本部の者だ」

 深夜の学校の正面玄関の扉が軽く、手袋の下で折り曲げられた指の甲で叩かれる。
宿直室の明かりが灯り、しばらくすると寝巻にカーディガンを羽織ったミミが
スリッパのかかとをぱたぱたと鳴らしながら現れる。
 白い当局の制服に身を包み、赤いマントを垂らした食パンマンだった。

「食パンマンである」
「御苦労さまです。お待ちしていました」

 そう言うと亜人の教師はガラスのはめ込まれた
扉にかけられた二つの鍵をはずしてパン戦士を校舎の中に招き入れる。

「首尾は?」
「こちらの思う通りに進んでいます」

 非常用通路を示す緑色の照明以外は落とされた暗い廊下を、
スリッパとブーツのふたつの足音が並んで歩いて行く。




139 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:23:09.80 ID:pDy+8i5FO


ドキンちゃん逃げて!!



141 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:25:40.09 ID:F3jISvOM0


「ドキンちゃんは、あの部屋です」

 やや先に立って歩いていたミミが、一つの教室を指さして囁くように言った。

「もう寝ているようです」
「分かった。御苦労」

 そう言うと食パンマンはミミを制止して、一人で廊下を進み、その教室の前に立った。

「お迎えにあがりましたよ、お姫様ァ!」

 と少女を威嚇するかのような大きな声を上げながら、
その引き戸を勢いよく開ける。暗い部屋の中を素早く見渡す。
机が不自然に積み上げられた一角に、ゆっくりと近づく。

「ドキンちゃん!私だ。食パンマンだ。ちょっと一緒に遊ばないかい?」

 声のトーンを落としながらも、有無を言わせぬ口ぶりで暗闇に話しかけながら
白いパン戦士は、教室の後ろの角にバリケードのように積み上げられた学習机を一脚ずつ取り除いていく。
取り除き終わる。

「ミミ先生、ここにドキンちゃんは居ないじゃあないか」

 食パンマンは不服そうな表情を浮かべながら廊下の方に振り返った。
乾いた発砲音が連続して十回、小学校中に轟く。食パンマンの腹部に数発の銃弾が食い込む。

 振り向いた先には政府から特殊な任務―――彼女の場合はプロパガンダの任務に就く者に支給される、
弾倉内の弾丸すべてを発射し終えて遊底が後退したままになって硝煙を燻らせている
小型の拳銃が握られていた。




142 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:26:27.79 ID:bN0L9HdH0


ミミ先生ェェェェェェェ



143 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:28:14.80 ID:F3jISvOM0


「驚いたな。どういうことか説明してもらおう」

 それ以上の攻撃は無いと判断した食パンマンは、
裏切りを示した彼の側の体制に帰属するはずの工作員への事情徴取を開始する。

「どういうことも何も!こういうことよ!」

 ミミ先生は空になった拳銃をパン戦士に投げつけ、そのまま素手で躍りかかった。




144 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:28:27.34 ID:pDy+8i5FO


ミミ先生逃げて!!



145 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:31:19.53 ID:JlnygVXZO


ミミ先生!!



146 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:33:23.14 ID:F3jISvOM0


「この輝点(ブリップ)はバイキンUFOです。高速で街の方に向かっています」

 撤退中のアンパンマン号内部から、基地最深部の『J.A.M.』のもとに最新の情報が送られる。

「奴は居城に何かあった時に、あのドキンとかいう娘を匿うべく、
 街の小学校と話を進めていた。そして先程、小学校に食パンマンを向かわせた」

 またバタコンナの知らない情報だった。そこまでの情報収集能力がありながら、
ジャムはあまり彼女に生きた情報を回さない。軽く歯噛みをしてから尋ねる。

「本機は動力系に大きなダメージを受けています。バイキンマンの機体にもかなりの損傷があるとはいえ、
 その速度を追跡するのは不可能です。食パンマン一名でも迎撃任務は遂行可能だとは考えますが、
 バックアップがあった方が盤石であるとも考えます」
「アンパンマンを向かわせた」

 総統は面倒臭そうに答えた。

「……了解しました。私は、学校の方は彼らに任せて基地に戻りますか?」
「いや。アンパンマン号自体も、今夜バイキンマンをどうにかすれば当面は不必要な機材になる。急いで修理する必要もない。街の入り口に停車させて君も学校に向かいたまえ」
「了解しました」

 もう勝った気でいる。彼女はそう思った。間違いなく『J.A.M.』という存在は
その思考力において圧倒的にバタコを超越している。
今回の予見も、間違いなく彼女の予測よりも確度の高いはずだった。

「もう少し。もう少しよ」

 彼女はそのパワートレイン部に損害を受けたマシンの動力部と、
そして自分にそう言い聞かせながらクラッチを繋ぎなおしてアンパンマン号を前進させた。




147 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:38:39.53 ID:F3jISvOM0


「なにが起きてるのカービイ!」

 校舎に何回かに渡って響き渡った火薬の炸裂音を耳にしてから
ずっとうずくまって震え続けるカバオに触発されるかのように、

 自然に恐怖が込み上げてきたドキンは、落ち着き払ったように見える頼もしい彼女の執事に質問した。

「……敵の方が、一枚うわ手だったようです。この場所は安全ではありません」

 その静かながらも、恐らく確かであろう話を耳にしたカバオは過呼吸ぎみになった。
手を口に押し当てて懸命に回復を図っている。

「どうするの?逃げるの?」

 状況を察したドキンは、今度はかなり声のトーンを落として尋ねる。

「いまのところ、まだ追っ手はひとりのようです。もう少し様子を見ましょう」
「大丈夫なの?」
「大丈夫です。現在、ヴァイキン様もこちらに急行しています」
「『急行』ってことは、私たちみたいにコッソリ飛んでるわけじゃないのね」

 カービイは少し後悔した。言葉を選び損ねた。嘘はつきたくなかったが、
もう少しだけこの思っていたよりも少々頭の回るお姫様を安心させる言葉があったはずだ。

「状況は刻々と変わっているようです。ちょっと失礼します」



149 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:43:47.21 ID:F3jISvOM0


 そういうと老カビルンルンは何か思念を仲間に送り、数秒してから突如として分裂を開始した。
ドキンも永らく付き合いのあるカビルンルン一族だが、
その分裂の様子は初めて見る。数十秒で終わる作業のようだが、かなりの苦痛を伴うようにも見えた。

 そして分裂した二つのカビルンルンが、それぞれもう一度、分裂を始める。
そうして都合四体のカビルンルンが、ドキンの目の前に現れた。
 その様子を見てカバオの過呼吸が収まった。

「どうも失礼しました。状況が状況なので……」
「カービイ、これはバイキンマンに聞いたんだけれども、あなたたちは全体でいつも同じ人数が居て、そのバランスをまもっているっていうお話なんだけど」
「はい。この場に応援を呼ぶために、基地のカビルンルンが三名、自決をしました」
「それって……」
「それで、その定数割れを補うために、今ここで新たなカビルンルンが生まれたのです。我々は生まれた瞬間に仲間の記憶や認識を全て共有します。死ぬ時に持っている情報は、残らず仲間が持っていてくれるのです。『死』という概念自体が無いとも言えます」
「でも、苦しそうだった」
「お優しい方です。でももう大丈夫。ではヴァイキン様が到着するまでに、少々段取りを整えておきましょう」

 カービイはそう言ってウインクをすると、
新たな同胞と無言の指示をして部屋から出ていく若いカビルンルン三人を見送った。




151 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 22:49:08.57 ID:F3jISvOM0


「ヒュー、ヒュー、ヒュー……」

風切音が暗い教室に響き渡る。ミミは咽喉を白いパン戦士に掴まれて宙に浮いていた。

「いい加減にしないと、死にますよ?このグローブの握力の調整が難しいのは知っているでしょう。」

 そう言うと食パンマンは、少しだけその戒めを解いた。

「ドキンちゃんはどこですか?どうして私を撃ったんですか?
 ……なんならこの校舎をまるごと瓦礫の山に変えてもいいんだぞ」

 それを聞いた女教師は肩を震わせた。笑っている。

「だから言ったのよ『思い通りに進んでいます』ってね。あの最後の報告だけは本物。
 アンタみたいな馬鹿が、この校舎を粉々にして
 そこから女の子の遺体ひとつ探す羽目になるかと思うと、笑えるわ!」

 食パンマンは表情を変えずに、またその右手に握る細い首を扼る力を段々と増やした。
食い込んだ指に血が滲み、骨の軋む音がする。そしてまた力を弱める。

「ドキンちゃんはどこですか?どうして私を撃ったんですか?」

話そうとすると、教師は口の中に鉄分の味が広がるのを感じる。
と、そこで涙がにじんで更に脳に送られる酸素が少なくなったため、
かなり霞んだ視界の隅に、拷問者の背後の教室の出入口に見慣れないものを捉えた。




160 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 23:14:06.68 ID:F3jISvOM0


―――確か、あれは、カビルンルン。バイキンマンの

 カビルンルンは食パンに気取られないように素早くその触手を使って彼女に現在の状況を伝える。
―――バイキン アト イップンデ クル

「分かったわ。話します。だから降ろして頂戴」

 食パンマンは無造作に放したので、頭がふらつくミミは
そのまま受け身も取れずに床に転がり落ちた。そして咳き込みながら、
ゆっくりと立ち上がり、教室の前の方におぼつかない足取りで歩く。

「ドキンちゃんはどこですか?どうして私を撃ったんですか?」

 もう一度、千鳥足で歩くミミを真っ直ぐ見据えながら食パンマンは聞いた。
 部屋の壁までたどり着くと彼女はライトのスイッチを入れた。
教室の中が明るく照らされる。髪が乱れ、口から血を滴らせたミミの顔が露わになる。
その顔には、美しい笑顔があった。

 そして擦れた声で叫んだ。

「ここよ!バイキンマン!」




162 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 23:19:25.55 ID:F3jISvOM0


 最大戦速で飛行するバイキンUFOは、目標の小学校の校舎に高速で接近していた。
 先に潜り込んでいるカビルンルンから、大体の情報は掴んでいた。

「脱出装置異常なし」
「自動操縦に切り替えてください!」

 カルビンが叫ぶ。

「駄目だ!まだはっきりした場所が分からない!もう少し引き付けるんだ!」
「潜入しているカビルンルンたちも、似たような教室が並んでいるので、
 絶対座標を掴みかねています!何より時間がありません!」

 その時、米粒大から豆粒の大きさまで迫った小学校のシルエットに、ひとつだけ明かりが灯った。
そしてすぐさまカビルンルンから通信が入る。

「あの部屋です!いま照明がついたあの部屋に食パンマンが居ます!」

「了解!インプット完了!……ごめんな、バイキンUFO。バイバイキン!」

 ヴァイキンは意を決して座席背もたれの上部にあるワイヤを強く、引いた。




163 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 23:24:31.75 ID:F3jISvOM0


 急に照明が点いて教室が明るくなったのと、ミミに完全に気を取られていたのと、
そして音速を超えて飛来する物体の音を捉えることができないのとで、
とにかく食パンマンはその瞬間まで何も気づかなかった。

 気配を感じたのは、推力が最大になったままの、
質量二十トン重にも及ぶバイキンUFOが凄まじい音を上げながら
窓ガラスを桟や壁ごとぶち抜きつつ、その外周を取り巻くアダムスキー翼で彼の肩に触れた瞬間だった。

 もう、どうにもならなかった。




164 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 23:31:22.53 ID:F3jISvOM0


 城で受けたアンパンマン号の主砲の一撃よりも数段強力な衝撃が小学校全体を揺るがし、カバオは飛び上がったが、ドキンは意外と冷静だった。

「バイキンマンね」
「はい。今のでどうやら追跡者は倒したようです」
「バイキンマンは無事なの?」
「はい。もうすぐ屋上に着くようです。行きましょう」

 一通りの通信を終えて情報を整頓したカービイは、とりあえずの安全の確保を確信してドキンに促した。

「すぐにUFOを立ち上げる必要がある?」

 屋上に向かう途中、廊下を走りながら彼女は執事に訊ねた。

「はい。ヴァイキン様の機体は先ほどの一撃でもう……そしてこの場所は敵に掴まれています。
 先ほどUFOで来たばかりなのでエンジンはまだ冷えていないはずです。ヴァイキン様が降下してくる前に、準備を整えてしまいましょう」



166 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 23:36:50.88 ID:F3jISvOM0


 カービイは器用に触手を操って、ドキンの速度に合わせて走りながら答える。息の切れたカバオが遅れを取る。

「カバオ!あんた何でついて来るのよ!」
「そんなこと言わないでよ!ボクだって戦いたいんだ!お父さんとお母さんのカタキを取りたいんだ!」
「それはうちのバイキンマンがやるから、あんたはここで見てなさい!」
「そんなこと言わないでよ~、うわ」

 階段の踊り場で蹴つまづいた少年はそのまま派手に転んで壁に頭をぶつけて気を失った。素早くカービイが近寄って様子を見る。

「気絶しているだけです。命に別条はありません。行きましょう」

 それだけ言うと、再び先頭に立って走り始める。

「ごめんね、カバオ」

 ドキンも走り始める。



168 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 23:42:05.72 ID:F3jISvOM0


 屋上に続くドアをカービイが開け放つと、ドキンの顔に夜の涼やかな風が吹き込んだ。
すぐさま表に出て、彼女は降下してくるはずのパラシュートを求めてぐるぐると上空を探してみた。
上を見たまま回転して、軽い空間識失調に陥る。

「なにここ、ビキビキにひび割れてるじゃない」

 ドキンの足元はバイキンUFOが突入した衝撃でコンクリートがめくれ上がっている。 
そうこうしている間にカービイはドキンのUFOに被せられていた迷彩シートをとり払い、
風防を開けてエンジンを暖機運転させ始めていた。
 UFOの立ち上げ準備にかける人員はひとりで充分と判断したドキンは、再び夜の空を見上げて、
ヴァイキン探しの作業に戻った。

 その時、北の方から何かが飛んでくるような音が近づいてきた。
 一応、設計上は超音速でヴェイルアウトしても五体満足な状態でパラシュート降下をして
脱出は成功になることになっていた。一応、その設計思想はうまく実装できていたらしく、
ヴァイキンは随分と久しぶりのパラセイリングをしていた。




171 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 23:48:15.74 ID:F3jISvOM0


「南風三メートルです。目標の小学校屋上、現地は東南東二メートルの風だそうです。
 とくに障害になりそうな電線などはありません。このままアプローチを続けて下さい」
「はい、了解」

 ヴァイキンは胸元にぶらさがる誘導員の指示に答えて、落下傘のロープを柔らかく操作して
軽く右旋回をかける。緊急脱出をして愛機を木っ端微塵にしてしまったとはいえ、夜空の散歩は気持ちのよいものだった。

「いい眺めだな。風も気持ちいい。なあカルビン」
「はい。カビルンルンの中でもこんなパラシュート降下を体験をしたものは居ないようです。みんなで楽しんでいます」

 ゴウゴウという風の音に負けないように、カルビンは少し語気を強めて言った。

「なあ、パン工場ってのはどっちかな?」
「ここからだと北になるので、あっちですね」

 カルビンは左の方角を指差した。

「どれどれ」

 再びヴァイキンは手綱を操り、今度はパラシュートを左に旋回させる。



172 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 23:53:18.14 ID:F3jISvOM0


「やっぱり暗くて……あの遠くのライトが点滅してるところ、そうかな?」

風が入るので少し目を薄くしたまま彼はカビルンルンに聞いた。

「ヴァイキン様、あの点滅する赤と黄色のライトは、こちらに高速で接近しています!
 間違いありません!あれは、アンパンマンとカレーパンマンです!」
「何だと!下に着くまであとどれくらいかかる?」
「もう一分は!おそらく奴らより先に小学校の屋上にランディングできます」
「よし、急ごう!」

 そう言いながら、ヴァイキンは亜音速で迫る二機のパン戦士の飛来音を聞きながら
時速十キロメートルほどで降下を続ける。



174 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/25(金) 23:59:04.07 ID:F3jISvOM0


「ドキン様!お乗りください!」
「待ってカービイ!まだバイキンマンが来ないの」
「ヴァイキン様なら西です!あっち!あと二十二秒ほどで着陸します。離陸の用意を!」
「あ!ほんとだ!むらさき色って、ほんとに見えないわね」

 ドキンUFOは既にアイドル状態だった。あとはヴァイキンをピックアップするだけである。
定員の二倍の乗員を積んでも、足の速いこの機体なら相手が食パンマンでもない限り、充分振り切れるはずである。

 もうパラシュートがかなり大きく見えてきた。ランディングまであと少し。
ドキンはちょっと久しぶりに会うヴァイキンがうまく着陸したら「ナイスランディング」ぐらいの事を言ってみるつもりだった。
 東風が吹いた。この凪の時間帯に吹くということを誰も予測できない不思議な風が、
小学校の屋上に着地しようとするヴァイキンとカルビンをぶら下げたパラシュートに向かってしたたかに吹き付けた。
大きく煽られる落下傘。急いで体勢をリカバリするヴァイキン。無意識に大きく開いてしまった口を手で覆うドキン。

 ヴァイキンは失速しかけたパラシュートに運動エネルギーを与えるべく、
キャノピの頂上を開き空気を抜いて落下エネルギーを得る。そしてワイヤを操作してその力を推進力に変える。
何とか墜落は免れたが、速度はかなり落ちてしまった。そのままふらつきながら、どうにか屋上のフェンスを乗り越えて汗だくになりながらもランディング。

「っと、なんとか到着……と」
「おつかれさま」

 着地の為に注視していた防水処理が施された屋上の床から視線を上げると、
そこにはほぼ同時に着陸した二人のパン型戦士が腕組みをして待ち構えていた。



176 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 00:04:20.27 ID:zjLycoRG0


「待たせたな」

 ヴァイキンは無視してアンパンマンとカレーパンマンの向こう側の
赤い航空機に乗っているドキンとカービイに声をかけた。

「さて、どうする?バイキンマン」

 最初に声をかけたのはカレーパンマンだった。

「どうするもこうするも無いよ。どいてくれ」

 ヴァイキンは手慣れた動作でハーネスからパラシュートのジグを外し、
パン戦士の方に歩みを進める。
 ずい、とアンパンマンが一歩左足を踏み出す。やや腰を落とし左手を伸ばして右手を引き寄せ、
アンパンチの構えを取る。

「撃つなら撃て」

 ヴァイキンは構わずに近づく。




177 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 00:09:35.92 ID:zjLycoRG0


「やめて!」

 あと半歩の間合いで叫んだのはドキンだった。足を止めるヴァイキン。

「お願いバイキンマン、止まって!アンパンマンは本気よ!死んじゃう!」
「ドキンちゃん、行くんだ。おれはどうやらここまでだ。カービイ!」

 声をかけると、カービイはパネルを操作して離陸させる。

「おい、アンパンマンどうするんだあのガキの方は?」
「……特に指令は受けていない。私が受けた命令はバイキンマンをパン工場に連れて帰るということだ」
「ああ、生死問わずで、ね」

 アンパンマンはパンチの構えをしたまま、カレーパンマンにヴァイキンを拘束するように指示する。

「ちょっと、カービイ!このまま逃げる気?冗談じゃないわ!」

 カービイはその言葉に反応せず、無言でパネルを操作して機体に浮力をかける。
そして、大きく舵を切りUFOを二人のパン戦士の方に傾け、エンジンを吹かした!

「馬鹿な真似を!」

 アンパンチの姿勢を素早く解除し、アンパンマンは迫りくる真っ赤なドキンUFOを両手で受け止めた。

「だーから言わんこっちゃない!」

慌ててカレーパンマンも加勢に回る。



180 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 00:14:51.58 ID:zjLycoRG0


「今ですヴァイキン様!乗って下さい!離陸します!」

 カービイが珍しく大きな声を上げた。

「いいぞ!」

 それに応えてヴァイキンも叫ぶと必死にドキンUFOに押しつぶされまいと踏ん張る二人のパン型戦士を尻目に、
その機体にカルビンを抱えて飛び乗った。その瞬間にカービイは推力スラストのベクトルを真上に向けようとする。

「そうはぁ……いくかあ!」

 アンパンマンが絶叫した。

「カレーパンマン、私がUFOの上昇を抑える!その間に機体を破壊しろ!」
「あいよっ!」

 アンパンマンが浮力をかけようとするドキンUFOの翼を渾身の力で抑え込もうとする。
カレーパン翼のエッジから離れるタイミングを伺っている。

「させるか!クソクソクソ!どうにか」

とその時、ヴァイキンは手首に装着されたリストウォッチの赤い光点が目に入った。

「そんなまさか……いや、そういうことか!よし」

 ドキンとカービイはそれぞれのコクピットで今までにない強大な外力のかかる機体を必死に制御しようとしている。
ヴァイキンは左腕に巻いた腕時計の中の大きくデザインされたひとつのボタンを、右手の親指で強く押して、そして強く叫んだ。

「来い!バイキンUFO!」



184 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 00:20:04.16 ID:zjLycoRG0


 小学校の屋上のコンクリートが、激しい振動を伴って地響きのような音を上げながら隆起し、
その裂け目からバイオレットカラーの一機のマシンが現れる。バイキンUFO。
推力最大、落下加速度最大でこの建物に突入して無残に、ボロボロに壊れた機体が、最後の力を振り絞って主の呼びかけに応じる。
足下から突然現れた二機目の大きな金属塊のせいで、カレーパンマンはバランスを崩した。

「こっちだ!」

ヴァイキンが竜頭を回転させて最後の指令を飛ばす。もう推力偏向フラップもズタズタになっているはずのバイキンUFOが、
それに応じてカレーパンマンが支えているコンクリートの地面の方に、その質量と膂力をかけた。

 ドスン!大きな音が一度だけ響いた。それだけだった。
カレーパンマンは声も上げずに自分の身体と比べると巨大な二機のUFOに挟まれて跡形も無くなった。
 ドキンUFOの羽根の縁にこびりついたのは、死力を尽くして最期の機動を描いたバイキンUFOのオイルなのか、それとも―――

「悪いわねアンパンマン」

衝撃から立ち直る前に、ドキンは機体に内蔵された水圧砲を半自動で照準し、
至近距離にいたアンパンマンの頭部を撃った。最後の正規パン戦士は大きな力をまともに受けて、
バックリと裂け目の入った校舎の屋根を、激しく転がり、金属製のフェンスに全身を激しく打ち付けてその動きを止めた。




185 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 00:25:07.42 ID:zjLycoRG0


「行こう」
 スマートな機体に四人で搭乗するのはいささか窮屈ではあったが、ヴァイキンは一同を促した。
兎も角も、戦力も体力も消耗が激しすぎる。一度、バイキン城に帰る必要があった。

「待ちなさい!」

 離脱しようとしたところで、何者かに呼び止められる。廃墟のような屋上を見やると、
そこにはジャム連邦共和国軍の白い軍服を着た士官が、大型の軍用拳銃で真っ直ぐ彼らを狙っていた。バタコだった。

「行くぞ」

 銃声。カービイの体が、大きく傾く。

「カービイ!」

 ドキンが操縦桿から手を放して執事に飛びつく。

「次はドキンちゃんを撃つ。投降しなさい」
「バタコ少佐!」

 ヴァイキンは半ば浮き上がったUFOから、再び屋上に飛び降りた。

「パン戦士たちは全滅した。もう今日のところはおれたちの勝ちだ!あきらめろ!」
「何を馬鹿な!この引き金を引いてお前を撃てば私たちの勝ちだ!ナインハルト・ヴァイキン!
 お前を始末すれば、この世界は完全な調和を持つ『完全な管理』の体制ができあがるのだ!」
「『完全な調和』だと?『完全な管理』だと?そこに生きる者たちを駆逐して、
 圧倒的な力で抑えつけて、それが平和だとでもいうのか!」



189 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 00:30:25.71 ID:zjLycoRG0


「カービイ!目を開けて!」

 バタコの銃口が、ヴァイキンの眉間からゆっくりと下ろされ、鳩尾のあたりを狙ったところで停止する。
これで撃てば、多少の動揺を持って銃口が大きく跳ねてもその距離ならば胸、もしくは頭から外れることは無くなった。

「では聞こう、ヴァイキン元主任研究員どの。あなたはなぜ戦うのですか?
 自分の姿を、そんな醜い格好にされた憎しみがまずあって我々の邪魔をしているのではないのですか!?」
「え……元主任研究員?」

 銃弾を受けたカービイの止血をしていたドキンが動きを止める。ヴァイキンは舌打ちをした。

「……ああそうさ。民族解放だとか、そんなお題目を今さら持ち出すつもりもないよ」
「その憎しみが、我が『J.A.M.』の『管理』によってもたらされる『平和』を脅かしているということについて、ひとことお願いします」

 バタコの口ぶりが静かになった。ヴァイキンはこの女がこういった慇懃な口調になるときは、怒りを秘めている傾向があることを知っていた。

「答えろ!ナインハルト・ヴァイキン!お前は私怨に駆られてこの体制づくりを邪魔しているだけだろう!」
「だから、そうだと言っただろう!おれをこんな身体にしてくれたジャムのじじいに
 今さら何を言えってんだ。だけどな、それだけじゃないぜバタコンナちゃん」

 耳に馴染みのない二人称を使われて、一瞬バタコの視線が揺れる。がしかし、すぐに真っ直ぐ刺すような眼差しを取り戻して、
拳銃の引き金に掛けられた人差し指の第一関節より先の部分が、血行を失った白さを取り戻す。

「他には何があるというのだ!」
「受けた恨みを返せぬ者は、受けた恩を返すこともできない。復讐は平和の為にある」
「何を!」
「あんたも気付いているはずだ。この星の上で人間のままでいるのはもう、あんた一人なんだろバタコンナちゃん」



191 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 00:35:37.72 ID:zjLycoRG0


「黙れ!」

 引き金が真っ直ぐ後ろに引かれる。シアが落ちる。拘束を解かれた撃鉄が、
スプリングの力によって固定軸を中心に回転運動をし、
その先端がチェンバ内に装填された弾丸の尾部の雷管に当たり、
プライマパウダが発火してその炎は瞬時に発射薬に引火した。
銃腔内を高圧の燃焼ガスが走り、弾頭を銃身の螺旋線条で薄く削りながら前へ前へと運ぶ。
 銃声が銃口と排莢口からほどばしる。飛翔。ザップ!命中。

「な!アンパンマン!」

 一番驚いたのはヴァイキンだった。間違いなく彼の正中線上に命中するはずだった銃弾は、
突如として駆け込んだアンパンマンの手刀によって軌道を曲げられ、ヴァイキンの脇腹に突き刺さった。

「なにをするの!アンパンマン!」
「……もう、やめましょう。少佐、いえ、バタコンナさん」
「は!あなた」

 先ほど水圧砲を食らって激しく転げ回ったせいで、そのパン戦士の頭部燃料タンクでもある顔面はひどく損傷していた。

「チップね。チップが外れたのね……」
「はい。おかげで何もかも、思い出してしまいました」



193 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 00:41:18.94 ID:zjLycoRG0


 パン戦士たちを、その統率システム『J.A.M.』の手足のように運用するために、
彼らの頭部には指令を受信するための小さな機械がインプラントされている。
それが外れてしまうような衝撃を受けたりした際には、通常は新たなチップを埋め込まれた
新しい頭部に交換することで、彼らパン戦士は制御を受けていた。

「バタコさん、もう終わりにしましょう。ジャムおじさんは、ちょっとやりすぎてしまったようだ……」
「もう、私は戻れないところまで来てしまったのよ」

 バタコは一瞬閉じた目を再び、開いた。
 今一度、ほぼ水平に持ち上げられた拳銃。その重さは女が腰に下げるには少々重いが、
発砲時に跳ね上がる銃身や射手の手首にかかる衝撃を吸収するという禍々しい優しさをも秘めているものだった。
 ずしり。
 その重さが唐突に自然律に反した質量を発揮する。バタコは拳銃をその小さな手で保持することができなくなり腕を下ろす。そこには一人の亜人の子供がぶら下がっていた。

「君はカバオくん!危ないからどいて」
「ダメなんだよバタコさん!撃ったらだめだ」

 少年は華奢な十本の指で抱えられたバタコの拳銃から手を離さない。

「ミミ先生だって戦ったんだ!ぼくだって!」

 カバオはその大きな口を開け、女士官の腕に噛み付こうとした。そして銃声。



199 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 00:47:06.54 ID:zjLycoRG0


 UFOの底部から伸びた、人間の手首から先を模したマニュピレータに拳銃は握られていた。
オペレートを終えた少女は大きなため息をつく。

「ごめんなさいねバタコさん。急いでやったから」

 武器を失ったことに気づき、何本か骨が折れて意志を失っている自分の指に気づき、
そして自らの目的を達成することも恐らく永久に折られてしまったことに気づいてその場にしゃがみ込んだバタコに
ドキンは一応声をかけた。

「いい腕だ。おれよりも上手かも知れない」
「機械の性能がいいのよ」

 赤い胴体に素早くアームを仕舞い込みながらドキンは珍しく謙遜した。



200 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 00:52:18.39 ID:zjLycoRG0


「さて、どうするんだ?バイキンマン」
「どうするもこうするも、君のおかげでおれはこの大ケガです。とりあえず帰るよ」
「そうか」

 ボロボロになったタンクからのエネルギー供給がうまくいかないのか、
背の高いアンパンマンは少しよろめきながら答えた。

「お前さんはどうするんだ?アンパンマン」
「僕は、どうしようかな」

 そういうと、ちらりとバタコの方を見やる。白い軍服の女士官はコンクリートの上にへたり込んで居る。

「ヴァイキン様、『J.A.M.』を倒すには、おそらく今を置いて他にありません」
「カービイ!」

 朦朧としながら、大きな銃創を作ったカビルンルンが目を閉じたまま声を出す。

「すべてのパン戦士たちが無力化され、彼の一の部下もああなり、
 この機をおいてあのパン工場に近づくチャンスは無いと考えます」

 カービイのかわりに、若いカルビンが代弁した。

「ドキンちゃん、お願いがあるんだ」

 アンパンマンが静かに口を開いた。



201 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 00:57:27.10 ID:zjLycoRG0


「僕を、パン工場まで連れて行ってくれないか?」

 無意識下でも「パン工場」という言葉を耳にしたバタコの瞳が、ぼんやりとした焦点を結ぶ。

「アンパンマン、行っては駄目。行かないで」

 しばらくの沈黙。口をついたのはドキンの機体のファーストエイドボックスから引っ張り出した自着生包帯を
腹にぐるぐると巻く作業をしていたヴァイキンだった。

「いいよ、どの道お前さんはそんな顔じゃ話にならん。休んでな」
「そうはいくかバイキンマン。ぼくは、正義の味方なんだ」
「そうかよ。じゃあ行こうぜ!弾除けの盾ぐらいにはなれるだろう」

 そう言うと、ヴァイキンはにやりと笑って機上から手を伸ばしてアンパンマンの手を掴み、その搭乗を手伝った。

「ヴァイキン様」

 狭くなったコクピット内でまた虫の息のカービイが呻くように声を出す。慌ててその『意志』をカルビンが代弁する。

「カービイ様は、その、もう長くありません」
「いやよ!」

 ドキンが悲鳴をあげる。バタコは視線を落とす。

「カルビン。こういうのは私が言わなければならない」
「……わかりました」
「ヴァイキン様。我々の種族は、言い換えれば不死の存在」
「ああ、知っているよカービイ」



202 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:02:46.08 ID:zjLycoRG0


「どうやら、もう……」
「この星にカビルンルンが存在する限り、カービイはどこかに居るんだろう」

 いつの間にか、戦闘に備えて立体観測や通信中継をすべく学校のあちこちに散っていたカビルンルンたちも、
そしていつの間にか街じゅうから集まった子供たちも、屋上のドキンUFOの周囲に集まっていた。

「最後のいたずらにお供できず申し訳ありません」
「なに、いいさ。お別れってわけでもないんだろ。全く、カビだけあって湿っぽいったらありゃしない」
「ありがとうございました。ルンルン……ルンルン……」
「ちょっと行ってくる。バイバイキン!」

 執事の遺体は同胞たちによって丁重に機体から降ろされた。

「じゃあ、行こうか」

 ゲストシートに身を沈めたヴァイキンはコクピットのドキンを促した。
 すると再びバタコが、エンジンの回転数を上げつつあったマシンに駆け寄った。

「私も行くわ。街の外れのアンパンマン号でなら新しいパンが焼ける」

 その眼の輝きは、袖で拭いきれなかった涙によるものだけではなさそうだった。
 閉めかけたキャノピを開けてアンパンマンが手を差し伸べる。
ふと、彼はその伸ばした腕を掴むバタコに見覚えがある気がした。

 カバオたちは手を振って北の空に消えていく赤いUFOを見送った。




206 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:07:58.47 ID:zjLycoRG0


 唄が聞こえた。
 パン工場に潜入してから自動迎撃システムや量産型パン戦士たちの攻撃をかいくぐって
最深部へと続くメインシャフトまで辿り着いた最後のパン戦士は、新しい顔もすでに軽くはないダメージを受けている。
チップを挿入されていないオフライン状態の通信機は、電波に変換された声を復調し、
電気信号として知覚することもできないはずだった。
 それでも、どこか遠くで子供たちが歌うその唄は確かに彼に聞こえた。はっきりと。


 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも

 なんのために 生まれて
 なにをして 生きるのか
 こたえられない なんて
 そんなのは いやだ


その唄は、その独裁政権下でおもに小児向けに放送されるパン戦士たちの活躍を描く
アニメーションによるプロパガンダに用いられるナンバーだった。



210 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:13:05.77 ID:zjLycoRG0


 エレベータシャフトの基部が見えてくる。底部。アンパンマンは軽く拳を握り、
出力を抑えたアンパンチで最下層に停止していた鋼鉄製のエレベータ乗用部天蓋を破壊する。
昇降機の扉は、少し力を加えるとレールは歪んでいないようで難なく開く。
 パン工場最下層。総統執務室の入り口の重いマホガニーのドアは開け放たれていた。
 内部の様子を伺いながら、そのアンティーク調の部屋に踏み込む。何も、ない。
 奥に続く扉を見据える。
 唄は相変わらず聞こえていた。


 今を生きる ことで
 熱い こころ 燃える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで


 巨大なコンピュータが置かれるその空間は、暗く、寒かった。
奥に据えられているこの惑星で最も強力な意思を持った演算装置、『J.A.M.』は間違いなく
アンパンマンをその隷下のカメラ、マイク、その他の各種センサでとらえている筈だったが、不気味なほど静かだった。



211 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:17:06.82 ID:GKuO+kQV0


歌で泣きそう



212 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:17:14.66 ID:EcZEiccwO


感動の予感。。。



214 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:18:42.55 ID:zjLycoRG0


 コツ、コツ、コツ、フライトブーツの踵を半秒に一回の速度で床にぶつけながら、
彼はかつての管理者が居るはずの方向に自らの身体を運ぶ。

「アンパンマン」

声に反応して歩みを止める。

「久しぶりだな。こうしてふたりで話すのは」
「ジャムおじさん、お久しぶりです」

 歩行中は大気に靡いていた茶色い彼のマントが、停止したことで慣性に乗ってパン戦士の身体に優しく纏わった。



 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも

 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ みんなの夢 まもるため



「どうやら、積もる話も無しか」
「はい。行きます、ジャムおじさん!」



215 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:22:21.72 ID:N8wBW3QCO


それゆけ!アンパンマン!



216 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:23:03.84 ID:J+c5ROszO


>>215
ちょw
しめんなwwwwww



217 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:24:06.43 ID:zjLycoRG0


 主から出力信号を受けた飛行マントが、離陸に最適な形状をとる為に静かに、
しかし素早く展開される。黄色いブーツで床を蹴るのに力は必要無い。パン戦士のテイクオフに必要なのは意志である。


 なにが君の しあわせ  
 なにをして よろこぶ
 わからないまま おわる
 そんなのは いやだ


 その大きな機械との間合いは一瞬で詰まった。

「アン……パンチ!!」

必殺の拳は、惑星管理システムを名乗るそのマシンの心臓部たる部分に突き刺さらなかった。
弾かれるでもなく、何かにぶつかるだけでもなく、そのパンチを能動した者の意志に直接働きかける別の意志によって、
アンパンチはキャンセルされた。

「これは?」
「言っただろう。私はこの星の上に存在するもの全ての意志を制御することができる」

 そう言われている間に、目標の眼前で空中に静止していた彼は七度の再攻撃を仕掛けようとしたが、
全て、拳を振りかぶった直後に彼の意志は消された。



218 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:29:06.66 ID:zjLycoRG0


「そういきり立つな、アンパンマン」

さらに四回の攻撃を仕掛けるも、やはり実施はされない。

「お前がパンチを繰り出そうとする信号に、逆の位相の信号をぶつけて相殺している。
 電気信号、電波、脳波、音波、お前の発するもの全てが無駄だ。やめろ」

言い終わるや、アンパンマンはホバリングしていた十メートルの高さから床に無様に落下した。

「お前がどんな行動をしようと、それを一瞬速く読み取ってそこに正反対の位相の信号を叩きこめば、お前は何もできない。何も」


 忘れないで 夢を
 こぼさないで 涙
 だから 君は とぶんだ
 どこまでも


 それでも唄は聞こえ続けた。

「いいことを聞いた。つまり、その中止信号みたいのを止めればいいんだな」

 手足を動かすことはおろか、口を開くことも視線を振ることすらも禁じられ、
床に積もる霜に顔を浸潤され始めてきたアンパンマンのかわりに、総統執務室を抜けて到着したヴァイキンが言い放った。

「おや、バイキンマン」
「ようジャムンセン中将、久しぶりだな」



220 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:34:21.80 ID:zjLycoRG0


「上官に対して何と言う口のきき方をするんだ。罰が必要だ」

 スピーカを通したその声が、温度の低いその部屋に響き渡った直後、
ヴァイキンも全身の力を抜かれ、床に崩れ落ちる。

「無効無効無効!機械であろうとなかろうと、電気信号で全身の筋肉を動かしている以上、
 何人足りともこの『J.A.M.』の呪縛からは逃れられんよ。そこのカビにしてもそうだ」

 ジャムンセンの合成音声に指摘されたヴァイキンの後ろに隠れるようについてきたカルビンが、
常にせわしなく動かしていた触手の動きを止めて床にごろりと転がった。

「ジヤムじじいいい」

 視界の隅で部下の動きを制されたことを確認したヴァイキンが、
唯一動かすことを許された口と舌をなんとか駆って言葉を結ぶ。気分は意外と落ち着いていたのだが、
うまく喋れないので激しく怒気を孕んだように聞こえた。

「ししし、仕掛けは分かった。なるほどこいつは反則だよな」
「ほう、さすがは元主任研究員。勉強はできるようだ」

 拘束が解除される。尻もちをついたような不自然な姿勢で呼吸もままならず冷たい床に転がされていたヴァイキンは
急に禁を解かれ、頭を床にぶつけた。全身の意志が戻り、腹の傷の痛みも一気に戻ってくる。顔をしかめる。

「じじい、お前が帝国を築こうとしたのも、その『制御』を地上でハッキリやる為だな」
「そう。私はここから動けないからな。『目』が無ければ地上は見えないし『制御信号』を目標に正確に送ることもできない」
「……いいのか?そんな弱点をつらつらと」
「弱点?はははははははははははははは!」

 コンピュータはしばらく笑っていた。



225 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:40:09.67 ID:zjLycoRG0


「誰がどこに居て、何をしようとしているのか、それが掴めれば私にできないことは無い。
 相手はきみたち『生き物』を含めた電気的な信号に生命維持を頼む『機械』だけに留まらない。
 信号を増幅すれば、この惑星の天候すら!森羅万象を操れるというのに!
 それが『惑星制御システム』だというのに!神そのものだというのに!」


 そうだ おそれないで
 みんなのために
 愛と 勇気だけが ともだちさ
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ みんなの夢 まもるため


 唄が聞こえた。行かなくてはならない。ぼくは、ヒーローなのだから。
うつぶせになっているこの状況なら、まず両手で腕立てをして、
それから両股関節と膝を曲げて脚を上半身に引き寄せて爪先で床に立ち、
重心をやや後ろにとりながら立ち上がって、半歩だけ右足を引いて拳を握らないといけない。

 でも、力が入らない。顔が濡れているのもあるけれど、意志が身体に伝わらない。

「どうする?バイキンマン。神の弱点について、少しはご理解いただけたかな?」

 ちょっとした建物ほどある機械から声がかけられる。

「ああ、完全に理解したよジャムおじさん。おれさまの勝ちだ」
「分からないのかバイキンマン。いま私は、宿敵であるお前を目の前にして、その絶対的な座標を掴み、
 お前の心臓のパルスを正確に捕捉し、いつでもお前を殺すことができるのだぞ」
「分からないのかジャムじじい。今おれさまたちも、お前の居場所を正確に把握したんだ!キッチリ三次元座標でな!」




229 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:45:11.59 ID:zjLycoRG0


 時は はやく すぎる
 光る 星は 消える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで 


 ヴァイキンの背後の床に転がっていたカビルンルンが、唄った。

「!? 位相が!相殺できない!この干渉は、妨害妨害電波?
 なんだECCCMまでもがECCCCMにまくられる(・・・・・)!私よりも……演算が速いだと馬鹿な!」
「おしゃべりの分を、もう少しリソースに割いたらどうだ? ジャムおじさん」

 ヴァイキンがむくりと、立ち上がる。既に呪縛は解けていた。
 そして、いまこの瞬間、『J.A.M.』にとって最も脅威度判定において危険である、
最優先にその行動を制限しないといけない男の規制も、解除された。

 アンパンマンは、まず両手で腕立てをして、それから両股関節と膝を曲げて脚を上半身に引き寄せて爪先で床に立ち、
重心をやや後ろにとりながら立ち上がって、半歩だけ右足を引いて拳を握った。手袋が握力を受けてミシリと鳴る。

 その分散コンピューティングシステムは、その星の各地に散らばる同胞すべての演算能力を連合させ、
その惑星管理システムの処理能力を完全に凌駕していた。

 静かに、「ルンルン…ルンルン……」という優しげなシーク音を鳴らしながら。



233 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:50:13.44 ID:zjLycoRG0


 そうだ うれしいんだ
 生きる よろこび
 たとえ どんな敵が あいてでも
 ああ アンパンマン
 やさしい 君は
 いけ みんなの夢 まもるため

 元来、ハードウェアとしての『J.A.M.』は直接的な戦闘を配慮されたデザイニングを施されていない。
その目の前には誰も立てず、機械的な攻撃の意志は電子的に消去されてしまうはずだったから。

 破壊するには、その機能を停止させるには強力なパンチ一撃で充分だった。
アンパンマンは静かにその匡体の前に立つ。

「色々とありがとうございました、ジャムおじさん。お別れです」
「…………」

 返答は無い。『J.A.M.』は彼の言葉に応えて命乞いを成功させるよりも、
現在カビルンルンネットワークから受けている電子戦に打ち勝ってこの場に居る全員の息の根を止めることの方が
成功率が高いという解を、電子戦の最中に並列させて一瞬で算出していたから。



「アーン………パンチ!!」



235 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:55:13.85 ID:zjLycoRG0


 火は相も変わらず焦げたパンの匂いを巻き上げながら、
ジャム連邦共和国政府統合司令本部兼中央兵站基地を盛大になめあげていた。
朝日が差し込んできてから、その炎の色は少しだけ控え目に見える。
 ヴァイキンは一番高い瓦礫の上に腰かけて煙草を吹かしていた。

「終わったんだよね。これからどうするの?」

 ドキンが崩れやすい足元に気をつけながら近づいてきてきた。

「どうしよっかな。やることがなくなってしまった」
「カービイたちも、もうあのままなんだって?」
「うん、一度コンピュータとして活動を始めたら停止できないんだってさ」
「そう、ちょっと寂しいね。でも死んじゃたわけじゃないもんね」

 煙草の先の火をブーツの底で消して、その辺に放った。

「困りますよ。燃料やらオイルやらが巻き散らされてるかも知れないんですから」

 アンパンマンだった。

「アンパンマン、精が出るのね」

 ドキンが声をかける。

「まだ三時間しか経っていないのに、ずいぶん派手に壊して回ってるじゃないか」
「バイキンマン、UFOでもダダンダンでもいいから重機を回してよ。
 やっぱり僕だけじゃ朝までにパン工場を更地にはできないよ」

 明るくなるまでにジャム共和国の本拠地、独裁支配体制の牙城を跡形も無く整地してしまおうと提案したのはアンパンマンだった。



236 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:56:34.03 ID:NvuvHqLHO


mixiにあったこれ



237 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 01:59:09.06 ID:N8wBW3QCO


>>236
同名のコミュあるけど中身は別物
むしろこっちがオリジナル



240 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 02:01:00.86 ID:zjLycoRG0


「こっちはケガ人だってのに、そんなにこき使ってくれるなよ。ジャムのじじいはもう出てくることも無いんだし」
「『今日が独立記念日だな』だなんて言い始めたのは君じゃないか」
「はいはい」

 言葉だけの答えでやる気も無いヴァイキンが新しい煙草に火をつけるのを見て取ると、
アンパンマンは再び、パン工場を破壊する作業に戻っていった。

「手伝ってあげればいいのに」

 ドキンがしゃがみこんで、自分のひざに頬づえをついて毒づく。

「アンパンの野郎は、ここを壊しちゃうと、もう新しいパンが焼けないんだぞ」
「あ……そっか。でももうここまで壊しちゃったら」
「あいつも、もう新しいこと考えてるんだろな。ちょっとおれも手伝ってくるよ。ダダンダンを呼んでくれないか」

 そういうとヴァイキンは立ちあがって、すぐ近くで地に根を張った一人のカビルンルンに声をかけた。
この星に散らばるカビルンルンたちはすでにその生き物としての動きを止めている。
 そしてこれから半永久的にこの惑星の上に偏在することになる。
そして「いつでも、どこでも、誰でも」その高い演算能力を利用した様々なシステムを利用してもらいたいという旨の
『遺言』をヴァイキンはカビルンルンたちの代表者たるカービイから受けていた。
彼らはこれからのこの星の進歩に欠かせない要素になるだろう。
 ヴァイキンは紫色の煙をくゆらせながら、かつて巨大な建造物の入り口だった場所に向かう。
その一角はまだ解体作業が進んでいなかった。
 そしてバタコが居た。彼女は炎の明かりの差さない陰で地面に座り込んでいた。




242 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 02:05:13.33 ID:zjLycoRG0


「どうするんだ?もう、『完全な管理』とやらはできなくなっちまったぞ」
「…………」
「ほら、何かやりたかったこととか、ないのかね」
「…………」
「……風邪ひくぞ」
「…………」
「僕のために、新しいパンを焼いてくれませんか?」

 ヴァイキンよりも数十センチ身長の高いパン型戦士が歩み寄って声をかける。
バタコがずっと視線の焦点を結んでいた場所から、首を上げてアンパンマンを見上げた。彼はグローブを外して手を差し伸べている。

「行きましょう。『バタコさん』」

 アンパンマンは半ば強引に元上官を引き起こした。

「アンパンマン」

 建物の陰から出たバタコンナの顔に遠くで燃えている炎の明るさが射す。ふっと笑う。

「ちょっとちょっと、おいしいところ全部持っていかれちゃったよ。なんだこれ」
 ヴァイキンは笑いながら手を頭の後ろで組む。と、遠くから整地の為に手配したダダンダンの足音が近付いてきた。

「じゃあな、おれは仕事にとりかかるぜ。なんだか腹が減ってきたけどね」
「そういえば昨夜から何も食べていないんだろう、バイキンマン。アンパンならあるけど」

 新しい煙草に火を点けてから、彼は応えた。

「喋るアンパンを食う度胸は無い」

                             ---おわり---



244 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 02:07:41.00 ID:wcUYeEg1O


くはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
>>1GJあんた最高だよ



246 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 02:08:37.55 ID:zjLycoRG0


ご指摘の通り、タイトルはmixiコミュにインスパイヤされたものでありますw

長い時間ありがとうございました。



    ___
   /     \     ________
  /   ∧ ∧ \  /
 |     ・ ・   | < 寝ろよおめーら
 |     )●(  |  \________
 \     ー   ノ
   \____/






247 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 02:08:48.17 ID:C06/5iTvO


>>1お疲れ様ー!!!!!



248 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 02:09:32.43 ID:N8wBW3QCO


>>1

感動してしまった。
ありがとう。



249 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 02:10:29.15 ID:EcZEiccwO


>>1
おつかれ!
これ、普通にSFとしてもおもしろいだろ。。。
クオリティ高すぎた



250 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 02:11:02.75 ID:BOqu7nfP0


>>1
最後の最後で追いついて良かったよw
おつかれw



251 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 02:11:07.29 ID:P8uZRVAzO


>>1 乙!!超乙!!
面白かった



252 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 02:11:15.12 ID:u1Yk7d6tO


>>1乙!!!
すごく読み応えがあった
キャラの魅力も世界設定もすごく面白かった



255 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 2007/05/26(土) 02:12:49.62 ID:GKuO+kQV0


あああやっと寝れる
>>1乙!!!!


ラスト一行にスレタイが活かされているのを見た瞬間心の中でガッツポーズ




元スレ:http://wwwww.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1180083254/
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